農の現場から 

第一話_有機的養鶏編      

松本 裕和 

 

  


まずは僕が農業に興味を持った理由から。


33歳の時に乗った2回目のピースボート。その旅で僕は世界各地のNPOを訪問し、農業と教育の大切さを実感しました。農業といっても化学肥料や農薬をばんば ん使い生態系や環境を破壊する慣行(かんこう)農業でなく、環境に負荷をかけないよう化学肥料や農薬を使わずに作物を育てる有機農業をしなければ未来が危 ういこと。また、将来なんの役に立つかわからない受験の為の勉強でなく生活の為の勉強の必要性、グローバルな教育でなくよりローカルな生活に根ざした教育が大切だと感じました。

その旅から1年後、縁あって農業者でも教員免許もない僕が、三重県伊賀市にある全国で唯一の私立の農業高校「愛農学園農業高校」の農場助手として働かせてもらえることになりました。有機農業と教育の現場は、まさに百聞は一見にしかず! 以前から農や食には興味があり本など読んでいましたが、活字や映像からは得ることができない多くの学びを現場から得ることができました。

まず、印象的なのは養鶏でした。愛農学園の農場は野菜部・作物部・果樹部・酪農部・養鶏部・養豚部の6部門に分かれていて、各主任がそれぞれ運営しています。助手は補佐として各部門に入るのですが、僕の1年目の仕事は野菜部&養鶏部の助手でした。メインは野菜部で、養鶏部の仕事は午前中1時間ほど。平飼い鶏舎の卵拾いをし、その卵を雑巾できれい拭いて、サイズごとに選別することでした。

愛農学園の養鶏は、成鶏が約2000羽。常に新旧の交代があり、ヒヨコを業者から買ってきて成長過程である小鶏、中鶏、大鶏と管理方法を変えながら、卵を産む成鶏まで育てあげます。一般的に養鶏というと、ケージ飼いで狭い檻のなかに1羽ずつ入れられ自由に歩き回ることなく飼われています。愛農の養鶏も半分はケージ飼いですが、半分は平飼いといわれる自由に歩き回れる環境で飼われています。将来的には平飼い100%を目指しているとのことですが、実際は管理のし易さの都合上、なかなか現状以上 には進んでいません。平飼いといっても成鶏に成長するまでの過程はほとんどケージで飼われます。また年をとった成鶏は再びケージに戻され、日々の排卵チェックをされ、10日間で5個以上卵を産まなくなった成鶏は廃鶏として屠殺され、鶏肉にされます。

 

愛農学園は全寮制の高校であり、日々の食事をなるべく自分たちの農産物で自給します。自分たちで食べる鶏肉を生徒自らが屠殺、解体しています。しかし普通の 養鶏農家では解体しても自分たち家族だけで消費するのは無理だし、販売するにはちゃんとした保健所の認可を受けた解体施設が必要で、家族経営の農家さんに は解体する人手もありません。また、解体後に大量に出る頭や内臓等の食べられない部分を生ゴミとして処理しなければいけない問題もあり、解体専門の業者に150円などお金を払って引き取ってもらっているそうです。愛農学園には食べ盛りの70人ほどの高校生がいて、彼らが毎日当番制で農場の仕事をしているので人手もあります。また日々大量に排出される家畜の糞を堆肥化する施設があるので、生ゴミはいつでも堆肥化することができます。

有機農業的養鶏とは何か? 野菜や米、果樹であれば化学肥料、農薬を使わず栽培することと大まかに定義づけることができると思いますが、養鶏は何をもって有機農業とするか僕は専門家ではないのでわかりませんが、化学的なものに頼らないということを1つの定義づけとすることができるのでないかと思います。

愛農学園では飼料の自家配合をおこなっていて、遺伝子組み換え作物は使わない、抗生物質は使わないということにこだわっています。ちなみに近年巨乳の女性 が増えたのは、卵をたくさん産むようにホルモン剤を投与された鶏の卵や肉を食べているからだという話と聞いたことがあります。飼料に牡蠣ガラが配合されて いるせいか、愛農の鶏卵の殻は硬いです。なるべく国産飼料をと、輸入品のトウモロコシの割合を減らし、飼料用の米を与えているので黄身の色は薄いですが、味は濃厚だと評判です。卵の黄身の色は飼料のトウモロコシなどの色素によるもので、黄身の濃さは味、栄養には特に関係ないようです。卵の殻の色も単純に鶏 の種類の違いであり味、栄養に関係するものではないと思います。白色レグホン系の白い鶏は白い卵を、また茶色い種類の鶏は茶色い殻の赤玉といわれる卵を産 みます。それを知るまで僕は、殻が茶色で黄身の色が濃い卵ほど味も栄養価も良いと思っていました。

さらに、毎日集卵する中で卵の大きさ、形状もいろいろあることを知りました。スーパーに行くとMLLLと卵のサイズがありますが、なんで同じ鶏でこんな大きさが違うのかなんて考えたこともありませんでした。よくよく考えたら不思議ですよね。小さい頃見た図鑑には鳥の種類ごとに卵の大きさを並べているページがありました。ところが鶏卵には大小様々な大きさがあり、小鳥の卵からアヒルの卵ほどの違いがあります。いったいなぜでしょう? 答えは簡単で、年齢の違いです。若い鶏ほど小さな卵を産み、成長するにしたがって卵のサイズも大きくなっていきます。あまり大きな卵を産むようになってくると販売用のパックに入らず規格外品となり「そろそろ廃鶏にしようか」ということになってきます。また、殻にブツブツやシワが入っていたり、卵の形がまん丸だったり歪んでいたり、細長かったりというのも規格外品となり一般流通では取り扱ってもらえません。そんな卵も中身は同じです、愛農学園では自家消費できますが、普通の養鶏農家ではどうしているか疑問です。加工品用に買い取ってくれるところがあればよいですが、なければ捨ててしまっているのかも知れませ ん。愛農でも規格外品の卵は普通の卵の半値になってしまいます。同じ環境で飼育され、殻の中身は同じなのにです。

鶏の屠殺と解体も初めて体験しました。首に刃物をあてて命を奪う感触は想像以上でした。その命を余すことなくいただこうとトサカや足(韓国や中国の食材店ではモミジの名で販売しています)、腸(内容物を押し出して)、卵管など普段食べない部位 も調理して食べましたが美味しかったです。しかし、それらは調理に手間がかかったり、見た目が悪かったりするのでいつもは捨ててしまっています。効率優先 の今の時代、改めて無駄にしてしまっていることが多いと感じました。

またこの2年間、鶏をかわきりにヒキガエル、マムシ、鹿、猪を解体して食べてみましたが、どの動物も基本は同じだと思いました。皮をむいて(羽をとって)、内臓を抜いて、関節にナイフをいれて肉を切り分けていく。それぞれ大きさは違いますが内臓の臓器はほとんど同じです。鶏の解体が出来ればどの動物にも応用できると 思います。

最後に笑い話のような体験談を。昨年、平飼い鶏舎で卵の集卵中に雄鶏に攻撃され全治1週間の怪我をしました。平飼い鶏舎には雌鶏約100羽の中に雄鶏が1羽いるのですが、いつも卵を奪いに来る僕に対してとうとう攻撃を仕掛けてきたのです。

キジ科の雄は足に、闘争用に使われる(けづめ)と呼ばれる表皮から発達した硬い爪がついています。僕は膝の横を蹴られたのですが、蹴られた箇所はズボンに穴があき、血も出ていました。蹴られた直後は結構痛かったのですが、しばらくして痛みも収まったので作業をしていたら蹴られた膝がどんどん腫れだし、痛みもひどくなり歩けなくなってしまいました。 病院に行ったところ内出血していたそうで、太い注射で溜まった血液を抜かれ、その後1週間を松葉杖で過ごしました。テレビの動物番組で小さな鳥が自分の巣を守るために、自分より大きな狐などの動物を攻撃して追い払うシーンを見たことがありますが、まさか自分がその 当事者になろうとは……。人間というのはこんな小さな動物に攻撃されて歩けなくなってしまうような脆い存在だと感じましたし、大きな存在にも立ち向かって いく雄鶏の勇気には驚嘆させられました。しかしながら、逆に僕も大きな生き物に立ち向かい、勝てる可能性を持っているのだと勇気をもらうこともできました。

人類は自然の中ではか弱い存在であると思います。僕は勇敢な雄鶏から、もっと自然に対して謙虚であれとのメッセージをもらったような気がします。

 

 



松本 裕和/まつもと ひろかず

静岡県焼津市出身。三重県在住。現職、愛農学園農業高等学校農場助手。 地元焼津の普通高校卒業後、大阪の仏教系の大学に入学。が勉学に挫折し2年で中退。半年間の闇期(ひきこもり)を経てフリーターから水産加工工場の化学調味料製造部門で2年半勤務。退職後ピースボートの地球1周の船旅へ。その旅で水と平和はタダでないことを実感、日本の平和の現場に興味を持ち航空自衛隊に任期制隊員で入隊。一任期の3年を勤め退職、地元焼津に戻り家業の建築設備工事の保温工事の仕事へ。しかし、その仕事も諸事情により3年でドロップアウト。2回目のピースボート地球一周の船旅へ。その旅で農業と教育の大切さを実感。農的暮らしを目指し模索していたところ、農業と教育の両方を働きながら学べる現場、日本で唯一の私立の農業高校であり、有機農業を教えている愛農学園農業高等学校の農場助手の仕事に巡り合う。現在愛農での3年目の勤めに突入!が目標の自給自足生活に向け思いをはせる今日この頃です。