浄財への細やかな手

   木村 はるみ




「死にたい奴は死なせとけ、俺はこれから朝飯だ。」

これは、数年前に夫を亡くした知り合いの未亡人がセカンドライフの中で見つけた言霊である。吉行淳之介の言葉であるらしい。小さな集まりで毎月1000円を徴収する係を引き受けてくれていた人であるが、細やかなその配慮はいつも芸術的でそして目立たない。このほど、その彼女は思い切って外国に行くことになった。コツコツとスカイプで語学トレーニングもしていたようである。彼女の亡夫にはお会いしたことはないが優秀な津波の研究者であった。震災前に亡くなっている。いつも明るく真剣な彼女には無駄がなかった。必要な仕事を淡々とこなし、一番安い運賃でやって来て皆にとって必要な仕事をみつけ、ただそれを行う。知らないうちに改革されて変わっていったかずかずの細やかで現実的な事柄、そこにはいつも彼女の細やかな手が加わっていた。正義感ある信条を謙虚に発言する賢い女性のイメージがあり、女性的理性の在り方に感動したこともある。若いころはデザイナーであったらしい。衣類の管理は抜群である。そして驚くほど読書をしている人であった。真実を語っているかどうか、その見極めは手厳しく曖昧な表現や軽い翻訳を見抜いていた。

 彼女が外国に行ってしまうので、もう集金は無くなる。集まった小金は、寄付することにしようかと話した。もちろん返金希望者には返すのであるが、自分たちの集まりの場のために貯めたかなり現実的なお金であった。誰がいくら出したとか、何に使おうとかのお金ではあったが、ここで誰のものでもないお金に変えたいのだというのが伝わってきた。改めて無名のお金とし、自分たちの集団に寄付する。こんな細やかな手は私には考えつかなかった。地上世界の経済原理からお金を開放し浄財へと変容する。

数年に亘る夫の看病から死、引っ越しや諸々の手続きや仕事で悲しむ暇もなかったのだという。思いきり思い出して悲しんで来たいのだという。最近やっとのろけるようになった。素敵な伴侶であったのだな。「どんなに優秀でも身体が弱かったら研究できないもの」、病との闘いの中で研究活動をする厳しさと楽しさを見ていたのだなと思った。最近、一人息子が独立したらしい。息子さんは留学していて外国暮らしが長い。てっきり息子さんのおられる国に行くのかと思ったら別な国なのだそうだ。最近の彼女は別世界に行くように明るい顔をしている。今朝、初めて彼女が夢に出てきた。嬉しかった。

 

この世界に自分のものなどない、すべて「あなた」のものだ、私も、机もパソコンも、CDも、友だちも、先生も、家族も、本も、知識も、言葉も、鳥も、花も、草も、海も、山も、空も、雲も、太陽も、月も、銀河も、宇宙も、だれの物でもない。しかし、すべて「私」のものだ。

 

All that I have is yours, yours is mine,  

Christ in you. And may he fill your spirt.

 

いま、彼女がどれだけ泣いたかわかった。

帰って来たらまた一緒にお掃除したりアイロンかけたりしようね。

子どもたちのお祭りの準備をしようね。

いろいろ教えてほしいことがたくさんあるので、たまには連絡取り合おうね。

 

顕現祭(3人の王様のお祭り)
顕現祭(3人の王様のお祭り)

互いのこころがつながっていれば、遠く離れても悲しくはない。寂しくもない。いつも一緒。
この心の通路を塞がないように、曇らないように、毎日、祈るのかもしれない。
おーい! 元気かー。響け、響け、響け、あなたのこころの中に届くまで。

 

 
木村 はるみ/きむら はるみ
1957年日本生。やぎ座。東京自由大学会員。筑波大学大学院博士課程体育科学研究科満期退学。現在、国立大学法人山梨大学大学院教育学研究科身体文化コース准教授。舞踊・舞踊教育学・体育哲学。1991ロンドン大学付設ラバンセンター在外研究員、Notation法を学ぶ。1996東京大学大学院総合文化研究科内地研究員、2012年度京都大学こころの未来研究センター内地研究員。2013・14年 度同連携研究員。受入教員の鎌田東二教授を通して東京自由大学のことを知る。驚く。設立趣旨に感動し入会。もっと早く知りたかったですが、今からでも遅く はないですよね。神道ソングと法螺貝が大好き。日本の宗教と芸能の関係を研究中。現在、舞踊作品創作にも取組中。ご興味のある方ご連絡ください。