小人のルン

絵・文 いぬまかおり

 

 

 

大きな木の下のずっと下、

地面のその奥ずっと奥に、

人間は誰も立ち入ることのできない

フェアリー・ランドがありました。

そこではたくさんの妖精や小人たちが

花のミツから作ったお酒と

虫のたまごを茹でたおつまみ片手に

朝から晩までどんちゃん騒ぎ。

 

ここは

自分が一番やりたいことだけ

いつまでもすることができる

楽しくゆかいな国なのです。

けれどそんな夢の国にも

よくよく見ると、

むずかしい顔をして歩いている

一人の小人の姿がありました。

 

彼の名前はルンといって、

楽しそうな名前のわりには、

いつでもどこでもため息ばかりなのです。

ルンはてくてく歩いていって

友達のコリンに呼びかけます。

 

「ねぇねぇコリン、ぼく困ってるんだ」

 

「どうしたんだい、ルン?」

 

「分からないんだ。いったいぼくは何が一番したいのか。」

 

「そんなの簡単だよ、ルン。

君は歌がうまいじゃないか。だから歌えばいいのさ」

 

「そうか、歌うのは好きだからやってみようかな。

どうもありがとう」 

ルンは歌いました。

すると少しずつ人が増えて、みんながはくしゅをしてくれました。

 

ルンはうれしくてしばらく歌っていたけれど、

だんだん元気がなくなっていきました。

 

「これじゃないかもしれない。」

 

そうつぶやくと、

また難しい顔をして歩き始めました。

ルンは恋人のリザを尋ねました。

 

「ねぇねぇリザ、ぼく困っているんだ」

 

「どうしたの、ルン?」

 

「ぼくは歌うのは好きなんだけど、

一番やりたいことではない気がして、

続けられないんだ。」

 

「それだったらルン、あなたは踊りがうまいじゃない。

きっとそっちの方が向いているのよ」

 

「そうかもしれないね、やってみよう。

どうもありがとう。」

ルンは元気に踊りました。

 

踊っていたら、少しずつ人が増えてきて、

みんなが歓声をあげてくれました。

もっともっと見せてくれ、といつまでも手を叩いてくれます。

 

ルンはうれしくて続けていましたが、

しばらくすると踊りをやめて、

また難しい顔をして歩き始めたのです。

 

「これじゃない。これが一番やりたいわけじゃない。」

今度は小さい頃から知っているおじさんのところを尋ねました。

 

「ねぇねぇおじさん、ぼく困っているんだ」

 

「どうしたんだね、ルン?」

 

「歌も踊りも好きなんだけど、

やっぱり分からなくなっちゃったんだよ。

ぼくが一番したいこと。」

 

「それならお前は味覚がするどいから、

酒とつまみを作ればみんながよろこぶぞ」

 

「そうだね、さっそく作ってみるよ。

どうもありがとう」

ルンは花のミツをあつめてお酒をつくり、

虫からたまごを少しずつもらってきて

おつまみをつくりました。

 

それを配ると、

みんなはほっぺが落ちるほどおいしいと喜んで、

もっともっと作ってくれといいました。

 

ルンはみんなが喜んでくれるのがうれしくて

たくさん作ってごちそうしました。

けれどしばらくすると、

 

また難しい顔をして、

 

今度はすこし悲しげに、

 

ルンは歩き始めました。

ルンは歩き続けました。

 

答えを求めて、

てくてくてくてく歩き続けました。

 

「ぼくの一番したいことはなんだろう?」

 

浮かんでは消え、

また浮かんでは消えていき、

 

いつまでたっても分かりません。

 

街を出て

山を越え

森を抜け

それでも歩き続けていたら

ある時パッと、目の前がまっしろになりました。

 

ルンはまぶしくてクラクラして、

立っているのもやっとなくらいでした。

 

そのまっしろなものは、生まれてはじめて見た太陽の光で、

歩き続けたルンは、

とうとう地下のフェアリー・ランドから

地上へと出てきてしまったのです。

「こんにちは、太陽さん。ぼくはルン。」

 

太陽は、少しおどろいた様子でこたえました。

「こんにちは、小さなルン。」

 

「あのね、ぼく、困っているんだ。

何が一番したいことなのか、どうしても分からなくって。」

 

「一番?」

 

「歌も、踊りも、おいしいものを作るのも好きなんだけど、

しばらく続けているとなんだかからっぽな気持ちになってしまうの。

でも、どんなに考えても、一番が分からないんだよ。」

太陽は静かに言いました。

「なるほど。だから君は、フェアリー・ランドから抜け出した

最初の小人になったわけだね。」

 

「最初の?」

 

「そうさ、ずっとここで見ていたのだから間違いない。

君は一番したいことをもうとっくにやっていたんだよ。

考え続ける、ということを。」

 

「……考え続けること、か」

 

「さぁ、そうと分かったらどんどん歩いていきなさい。

君が考えるべきことはこの地上にうんと転がっているし、

ひょっとしたらいつか考え尽くして、

ここすら抜け出してしまう日がくるかもしれない。

一番したいことには、なにしろ果てはないのだから。」

「どうもありがとう」

 

ルンはまた、てくてく歩いて行きました。

 

いつものように難しい顔をして、

 

けれどキラキラ輝く太陽に照らされながら、

 

どこまでも、

 

 

どこまでも、

 

 

歩いていきました。

 

 

 

いぬま かおり/Inuma Kaori

 

1989年、神奈川県川崎市生まれ。フェアリー(妖精)研究者。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。フェアリーが「存在するor存在しない」という二元論でしか語られないことに違和感を持ち、修士論文では、科学人類学のアクター・ネットワーク論を用いてフェアリーを存在論的に考察した。現在は派遣の事務職で生計を立てながら、個人的に同研究を続行&博士課程進学に向けて準備中。ヴァイタリティ溢れる虚弱体質。