連載タイトル「本の風景」
第1回・<『月や、あらん』崎山多美 著 なんよう文庫>
海津 研



 

はじめまして、海津研(かいづ けん)と申します。美術作家として活動しているのですが、ここでは毎回、1冊の本によせた絵と文章を連載してけたらと思っています。

今回取り上げたのは沖縄の作家さんの小説なのですが、僕は沖縄のひめゆり平和祈年資料館が製作した映像作品「アニメひめゆり」のために絵を描きまして、その打ち合わせのために時々沖縄に通ってた時期があります。その時は那覇のホテルに泊まり、空いている時間によく散歩をしていました。
那覇から首里にかけての地域は坂道が多く、細かな路地が無数にあって、始めの頃はとくに良く道に迷いました。日が暮れるとさらに方向感覚がなくなり、同じ道をぐるぐる歩いていたこともあります。そんな時に眺めた那覇の街には、所々に濃い闇を感じました。それは、この土地も持つ沖縄戦の記憶とも、無関係ではないと思うのですが・・
崎山多美さんの「月や、あらん」という小説を読んで思いだしたのは、そんな沖縄の街の空気でした。
 
この小説には、架空の地方(沖縄)出版社が出て来るのですが、ふしぎなことに、僕はそうして沖縄の街で散歩しているうちに、地元の古本屋さんや出版社の方たちとの交流が増えていきました。沖縄で本に関わることをしている方たちは、不思議とみなさん業種を越えて交流があり、その一端に触れていると、ふしぎと知り合いが増えて行くのです。そんなご縁で「言事堂」や「小雨堂」という古本屋や、「ブックカフェ・ブッキッシュ」というカフェで展示をさせてもらったりもしています。
 
「月や、あらん」の中では、出版社の壁一面の本棚に並べられた(すべて沖縄に関する)本のタイトルや、本にならなかった原稿の束など、物量としての本や文字の重みが効果的に描かれています。沖縄は外からも内からも様々な言説で語られることが多く、その積み重ねられた言葉の魔窟のようなエネルギーと、それでもなお言葉では描き得ないものが、この小説の中心にはあるように思います。
 物量としての本、というと僕が沖縄で初めて参加した「一箱古本市」は、自宅にそんな処理しきれない蔵書を抱えた人びとが集うイベントです。・・というとちょっと禍々しいですが、本の好きな人が素人玄人問わず集まり、段ボール箱などに読み終えた本などを並べて「一日古本屋」さんを開くというイベントで、東京の谷中・根津・千駄木エリアを発祥の地として、いまでは全国各地で開催されています。僕も今では各地の古本市に参加して、本好きの方々との交流を増やしているのですが、その原点が沖縄だったことを、ときどきふしぎに思い出すのです。
<了>

 

 
(※文中で紹介した「アニメひめゆり」は、ひめゆり平和祈年資料館にてDVDを販売しています)
(※沖縄の「沖映通りえきまえ一箱古本市」は、今年も11/5(土)に開催予定です)

 

 

 

海津 研 / かいづ けん

美術作家。千葉県在住。

東京芸術大学デザイン科卒業。テレビ東京「たけしの誰でもピカソ」アートバトルにて第7代グランドチャンピオン。沖縄のひめゆり平和祈念資料館製作の「アニメひめゆり」原画を担当。
主な作品に、宮沢賢治の「よだかの星」を原作としたアニメーション「よだか」などがあります。