花開くユジク阿佐ヶ谷・映画館  
小笠原 高志
 
2017年3月4日から4月7日まで、ユジク阿佐ヶ谷という客席44人の映画館で、映像歳時記「鳥居をくぐり抜けて風」を上映しました。前年10月に続くアンコール上映です。
南方熊楠が見た、鎮守の森の生態と風を接写レンズと望遠レンズで写す試みです。目に見えない大切なはたらきをするのが神さまの仕事なら、鎮守の森の生態系をつないでいる粘菌類を神さまとして見ていたのではないか。携帯用の顕微鏡 を持って、那智の森に見入った熊楠の視線に、このような仮説を立てて、熊野、三重、新潟、長野、伊豆半島、伊豆大島、東京都内の鳥居と鎮守の森を一年かけて撮影し、編集に半年を費やしました。
この試みは、私自身が神社という存在を見直す契機となりました。神社は言葉ではなく、場所である。考えることではなく、参るところである。鎮守の森に吹く風に、包まれる。だから、映像は、神社を伝えやすい媒体である。そんなことを教わりました。映画を作ったというよりも、画像が立ち現れて来た、というほうがふさわしいでしょう。
聖地は詩であり、夢であり、宇宙ステーションである。一月の鎌田ゼミの要諦です。熊楠も、地球という天体に潜むエロティシズムのはたら きを、粘菌類の中に見いだして、没頭しました。
映画の撮影隊は、風組です。この映画を撮らないかという話を池田将監督に持ちかけたときに居た、酒場「風組」からつけました。撮影に入った2014年2月3日、スタッフの三人に、一つの約束事を伝えました。このロケでは太陽、空、雲、風、瀧、川、海、岩、山、地層、樹木、草花、昆虫、鳥、茸、苔、粘菌、これら地球のエロティシズムを撮影し、録音する。ただし、道中、この上ない女性に出会ってしまったなら、その恋を優先してもよい。女性も地球上のエロティシズムだからだ。その代わり、映画は、二人の恋のドキュメンタリーに切り替える。立川談志ではありませんが、人の業を肯定したこの約束事のおかげで、ロケ隊風組は、かえ って地球のエロティシズムに集中できました。撮影中の池田監督は、自ずとその場所が撮ってほしいと求めている一点に三脚を立て、カメラをセッティングしました。この時の池田監督は、鎮守の森の粘菌類に没頭した熊楠の眼をいただいて、夢の時間を生きていたように思われます。
映像歳時記「鳥居をくぐり抜けて風」は、銭湯映画です。その名も、ユジク阿佐ヶ谷という映画館で、ゆっくり、じっくり、スクリーンという湯舟に浸っていただきたい。暗闇の中で、光を水浴していただきたい。映画館が、銭湯のようなお清めの場所になれるように。観に来た人々が、魂の混浴をできるように。ここが、聖地になれるように。そう、願いました。また、お客さんが映画を観た後、知らぬ者同 士で語り合えるように、ロビーをBARにしました。ブルゴーニュワイン・日本酒松の司一杯300円。製作者も交えて、映画を媒介にして、知らない者が知り合える縁起の場所となりました。注連縄がつながっていくように。人々の生態系ができあがっていくように。
前年6月、初めてユジク阿佐ヶ谷を訪れ、支配人の武井悠生(ゆい)さんという28歳の美しい女性に出会った池田将監督は、上映に向けた打ち合わせを重ねる中で、武井悠生さんという存在に没頭するようになりました。
そして、この3月25日、二人は入籍。本籍地は、東京都杉並区阿佐谷北2丁目12番・ユジク阿佐ヶ谷です。


小笠原 高志 / おがさわら たかし
1959年。釧路生まれ。早稲田大学文学部日本文学専修卒。学生時代に、赤塚不二夫製作映画の助監督を10本務める。舞踏家・大野一雄に師事し、その後、舞台を数本撮影する。琴古流尺八を三世川瀬順輔に師事し、その後、NHKラジオ国際放送で演奏を放送される。美大予備校・一般予備校で、現代文・小論文・映像を教える。また、映画製作にも携わる。主な作品に「天然コケッコー」(山下敦弘監督)・「南極料理人」「キツツキと雨」「滝を見に行く」(沖田修一監督)など。「清水哲男の増殖する俳句歳時記」に四年半執筆。映像歳時記「鳥居をくぐり抜けて風」(池田将監督)を企画・製作、脚本。