<美大生、ベンガルの村で嫁入り修行!>

                         彩

 

 

 

5章 美大生、ベンガルの村で嫁入り修行 

       

私はいつも新しい絵の題材を求めて旅をする。それにしても、はるばるインドへ、しかもデリーやコルカタ観光じゃなくて、少数民族の村で嫁入り修行のスパルタレッスンを受けることになろうとは。人生何が起こるかわからない。

「おはよー、ママ!今日もピッカピカの晴天だね!何かお手伝い出来ることある??」                  

「おはよう!ま〜よく寝たわねぇ。じゃ、いつものようにサパサパ(お掃除)してもらおうかな」

「ティカチェ、ティカチェ(ハイハイ〜)」

サンタル族のみんなと過ごすうち、私は徐々にみんなに認知され、友だちも増えてきた。語彙も少しずつ多くなり、生活リズムが掴めてきた。特にママをはじめとする女性陣からは、私がよく手伝いをしていたので、だんだんと信頼を得て、かわいがられるようになっていた。

「ほ〜んと。アヤはバロクリ(いい女の子)だね〜」

最初はちょっと褒めてくれるぐらいだったのだけれど、そのうち

「うん。こりゃあインドで嫁がせるべきね!でもこの子、女の心得が足りなさすぎよ。よーし。だったら私がちゃんとお嫁に行けるように鍛えてあげましょう!!」

ってな流れに。ついには

「うちの息子、今あなたと同じくらいの年で独身なのよ。どうかしら、今度お見合いしてみない??」

なんてビックリな話を切り出す奥様もいて。男性陣からも

「アヤはインドでバプラー(結婚)するべきだよ!!」

なんてアドバイスを受けるようになる。ここではもうとっくに結婚適齢期の私。まだまだ恋愛結婚は少数派で、お見合い方式が主流のインド。日本で骨折って恋人探しをするよりも、この際インドで女子力アップして、お嫁入りしちゃうの悪くないかも!?こうして、怒濤の嫁入り修行が始まったのだった。

 

「さぁ、まずは朝イチでお掃除よ。1人で出来るわね?」

「ハ、ハイ!」

朝、日の出と共に起きてお掃除を始める女性たち。夜の間に家の中にたまったヤギや、ノラ犬のフンを箒でせっせと掃き出すのだ。寝坊助な私は、毎朝彼女たちのキビキビした姿に惚れ惚れしてしまう。って見とれている場合じゃない!サパサパ、サパサパ〜(お掃除、お掃除)。

その間、お嫁さんのガシュリが土間で火を起こし、みんなのチャを用意してくれている。

「そろそろ日も昇ってきたわね。アヤ、このお皿や鍋を重ねて持って頂戴。出発よ!」

両手にいっぱいアルミ製の食器をかかえ、ガッチャンガッチャン言わせてやって来たのは近所の沼。

「見ていて、こうやってやるの」

そう言うと、ママは近くに落ちていた藁に土間から持って来た灰を付け、鍋をごしごし擦りはじめた。

なーるほど、天然のスポンジと石けんって訳ね。

「じゃあ私はこっちのお皿を洗うね!」 

ジョリジョリの灰がスクラブ効果を発揮して、油っこいインド料理の食器にもってこいの方法だ。沼には食べ残しの油がプカプカ浮かぶ。ちなみにここは子ども達の遊び場であり、カモの住処であり、村人がトイレの後に尻を洗う場所でもある。いやいや余計な事を考えちゃダメだ。ひたすら、ごしごし、ごしごし。その後、仕上げにサッと井戸水ですすぎ、皿洗いは完了。

「休んでる暇なんか無いわよ〜。次はお米を炊いて、ご飯の用意をしなくっちゃ。」

炊飯器でピッ!冷凍食品チーン!なーんて訳にはいかない。いちいち手間と時間がかかる。

「最近は粉の出来合いスパイスが手に入れやすくなったけど、やっぱりマサラ石で挽くと香りが全然違うのよねぇ。」

と言って、直径40センチ大の石盤を取り出し、石の棒でスパイスをすり潰し始めたママ。ふわっと広がる魅惑の香辛料。異国の食卓を支え続けてきた家庭の香りだ。

「おっと、危ない!アヤは日本でお料理しないの?包丁使いが危なかしいったら!」

「うーん、お料理は得意な方なんだけどなぁ。日本の包丁とちょっと違うんだよー」

ここで使われるのは、ビンディと呼ばれる包丁。ちょっとカーブした字型をしていて、刃は縦に付いている。の下の一辺を足でおさえつつ、手前から奥に押し出すように、野菜もお肉もガンガン切ってゆく。

「こ、これ結構難しいなぁ」ザクッザクッ

「あわわっ。アヤったら手を切りそう!じゃあ、にんにくの皮むきから始めよっか。」

あちゃー。料理はそこそこ出来ると自負していた私。でもここでは包丁すらまともに使えない超ド素人。基本のキから叩き直しだ。

さてさて、具材が用意出来たら、次に鍋にマスタードオイルを入れ、スパイスと一緒に炒める。ジャーッと音をたてて踊る食材たち。火が通ったら、水とたっぷりの塩を入れて、蓋をし、煮つめたら完成〜。みんな大好きおふくろの味!村で作った食べ物の多くは炒め物で、汁気が多かったり少なかったりという感じ。サンタル族はヒンドゥー教に属していないので、何の肉でも食べる。ウシ、ヤギ、ブタ、鴨、鶏、カエルやカニなんかもカレーにしちゃうから驚きだ!野菜もたっぷり。大抵ジャガイモと小さな紫玉ネギが入っている。私の好きなモロッコいんげんカレーの他にも、ヒヨコ豆やレンズ豆が沢山入っていて、ほっぺが落っこちそうになるメニューがてんこ盛り。マサラ(スパイス)はニンニクや生姜と一緒にマサラ石で挽いてまとめ、マサラ団子にして鍋に入れる。フレッシュで最高に豊潤な香りのウトゥ(カレーの具)の秘訣だ。

「よし、今日のウトゥはこれで完成!」

「ママ、ご飯はこれくらいの量でオッケー?」

「はいはい。それで十分」

「それにしても、あいかわらず、とんでもない量食べるよね」

「うっふっふ」

インドのお米、通称インディカ米は日本の米と比べて糖度が低い。なので、サンタルの人々は、直径30くらいのステンレス皿に、盛れるだけ山盛りの米をよそって食べるのだ。細身のお娘さんが、お相撲さん級の米をモリモリ口に運び入れるのは、圧巻の光景!カレー以外にも、おつまみ系の物や、揚げ物など食の種類は豊富だ。

 

「そろそろフルロホイ(田植え)に行かなくちゃね。アヤはガムチャ(インド手ぬぐい)持ってるの?」

「じゃーん!実はマーケットでこの前買ってきたの。どう?私のマイガムチャ!」

「あらぁ!素敵じゃない。ちょっと後ろ向いてね。こうやって、こうやって頭に巻いてっと。ハイ、完成!これでアヤもサンタル女子〜」

「ワーイ!ありがとう!なんだか気も引き締まるねぇ。」

「今は一家の生活がかかった大事な田植えの時期。しっかりやってちょうだいね。」

「了解ー!」

ホストファミリー、コマルさん一家の畑は、15分ほど歩いた所にある雑木林を越えた先に、ドーンと広がっていた。ジリジリと照りつける太陽の下、ガムチャを頭にキュッと巻いて、ずっと中腰作業だ。脇目もふらず、せっせと苗を植えてゆく。さっと束ねてキュっと植えて、束ねてキュ、束ねてキュ。慣れない畑仕事に、体がギシギシ痛い。

「大丈夫?疲れてない?ほら、藁で座る所を作ったから、しんどかったらこれを使いなさい」

「かたじけない

「畑が守れるようになれば、一人前よ。アヤの家は畑を持ってないの?」

「うん。ウチには畑が無いんだ。だから田植えは初めてなの。」

「まぁビックリ!畑を持っていないなんて。じゃあ毎日のご飯はどうやって作るの?ちっとも想像つかないわ。まっ、アヤはインドで嫁ぐんだから、これから大きな畑を作ればいいけどね!」

「もぉ〜、ママったらそればっかし!」

冗談を言って笑わせたり、言葉を教えてくれたりしながらも、ママの作業スピードが落ちる事は無かった。シュババババッ!私の10倍速で田植えをしている。隣でもくもくと作業するガシュリや、ママの末息子のゴサルも見事な手さばきだ。どこまでも地平線の彼方まで続くみんなの畑。何世代にもわたって守られてきた生活の糧。遠くでは、2頭の牛を男が引っぱり、畑を耕している。その息子が父の仕事ぶりをじっと観察していた。陽に染まる水面に光りが反射して、キラキラまぶしい。ほーっ、とひとつ。ため息をついた。

そのうちすっかり日も暮れて、あたりは真っ暗闇になった。

「アヤ。お腹すいた?今日はシムジール(チキンカレー)にしようと思うの」

「やったぁ!今日はよく働いたもん!お腹ペコペコだよ。」

「そーう。それは良かった。じゃあ、そこの麻袋に今日コマルさんが捕まえてきた鶏が入っているから、ブツ切りにしておいてくれない?」

「ん?この袋?って、ギャ−−−ッッッ!!動いた動いた!?生きてんじゃん!!」

私が何気なく持ち上げた瞬間。大きな麻袋がコケーッとひと鳴きすると、バサバサとのたうち回った。

「もー。アヤったらなに驚いてんの?おかしな子」

「だ、だって、締めるの?私が?」

「首が締められなかったら、羽を持ち上げて、そうそう。そこの付け根に石でチョップを食らわすのよ。まぁ、出来るって。やってみ。」

ママをはじめ、ガシュリやゴサル、ショコムニの期待の目がいっせいに私に注がれた。フーッ。ここは腹をくくって頑張るしかないのか。足を掴んで袋から引っぱり出す。ごくっとつばを呑み込んで、ひと思いにエイッとやった。ギュッ苦しそうな声と、ドスっというニブイ音が続く。あれれ!?!? 力不足なのか急所を外しているのか全く死なない。どっどうしよう‥‥。全身に冷や汗がにじむ。早く殺さないと無駄に苦しめてしまう!早くっ!!なかばパニックの私を見かねてトドメをゴサルがさしてくれた。

パァー!鮮やかな赤が飛びちる。まだドクドク動く肉は体温があり、あつい。毛穴を開かせ羽をむしりやすくする為に、湯の中に入れると、ムッと生き物の匂いがした。

日本のスーパーで売っている血抜きされた一口大のつめたい肉も、元は命あるもの。村にいる間、色んな肉料理に挑戦した。食べる前の「いただきます」が、明確な意味をもった、重い言葉に感じられた。

あなたの、命を、私が、いただいております。心から、感謝申し上げます。

「いただきます。」

田植えをして、米を収穫出来ること。命を殺してお肉を食べられること。今日一日生きられたこと。サンタル族の信仰している大自然の神、マランブルーに「ありがとう」を言い、横になった途端眠りに落ちていった。

 

 

「おはよー。ガシュリ。今日ね、ムニばあちゃんの家で編み物習う約束になってるの」

「それはいいことね。行ってらっしゃい」

「うん!お昼ころには帰って来るね!行ってきまーす」

初めてムニばあちゃんの家に行った時、ばあちゃんは地面にぺったり腰をおろし、葉っぱでアクセサリーを作っている最中だった。繊細に編み込まれた動物や星、幾何学的な造形。ナチュラルな葉っぱの色合いと、アクセントに使われている小さな木の実。一目惚れだった。旅先でいつも何か一つは技術を身に付けて帰ることをモットーにしている私は、さっそく弟子入りさせてもらうことにした。ムニばあちゃんと、娘のディディが先生だ。

サンタル族はとても器用な民族。シュロなどの丈夫な葉や藁を使い、生活必需品からアクセサリーまで何でも手作りしてしまう。

例えばパティアと呼ばれるゴザ。土の上で直に生活する彼らにはなくてはならない道具だ。村の女性達がキッチリ編んだパティアは編み目に色々なパターンがあって見た目にもとても美しい。

バンディとは、一家に必ず一つはある巨大な米びつの事。人の背丈よりも大きなこの米びつは、藁を編んで作られていて、まるで大きな生き物が居るかのような存在感を放っている。色んな家にお邪魔すると、みんなそれぞれ作り手が違うから、少しずつ形が違って面白い。個人的にインパクト大なこのバンディは、絶好の絵のモチーフになった。

その他にもベッドやほうき、ねずみとりに至るまで、何でもせっせと編んで作ってしまう。しかもどれも美しい。

そして、オシャレなサンタル族の女性たちは、その技術を活かしてアクセサリーも作る。蛇やヤモリ、草花をモチーフにした腕輪などだ。ここに呪術的な意味があるのかはよく分からないけれど。

「さぁ、はじめようか。私とおんなじようにやるんだよ」とムニばあちゃん。

「ティカチェ。宜しくお願いします。」

簡単に説明すると、まず大きなシュロの葉を数日天日干しして乾燥させる。それを水でふやかし、割れないようにしたら、縦に裂く。何本かの細い紐状になった葉を様々な編み方で編んでゆくのだ。基本的には葉以外何も使わない。つまり、糊でとめたりしない。最後も切りっぱなしだ。ふやかしていた葉が再び乾燥してキュっと締まるので、自然にとまるのではないかなーと思う。違うかなぁ。

最初は全くダメだった。ぐるんぐるんのゴッテゴテになってちっとも形になりやしない。でもムニばあちゃん達は、根気よく何度もお手本を見せてくれて、毎日見よう見まねでやってゆくうちに、ある時スッと理解出来て作れるようになった。二人とも

「チッケター(出来たねー!!)

と大喜びしてくれて。元々作ることが大好きな私。上手く出来た時は嬉しくて、村の友達に見せびらかして回った程だ。大きな庭のあるムニばあちゃん家は、とても落ちつく家だ。日がさんさんと照りつけ、シュロやヤシの木のあるこの家は、沖縄のおばあの家、という感じ。そこの猫とも仲良くなった。でもムニばあちゃんは早口で声が高く、うまく言葉が聞き取れないことが多かった。それでも、毎朝チャを飲みながら一緒にもくもくと作業する時間は、安らぎを与えてくれた。

 

「ただいまー。ガシュリ!」

「おかえりなさい。ご飯出来てるよ。食べたら一緒にグリグリカミヤーしましょ!(牛フンを使ってお仕事しようね!)」

「よ〜し、いっちょやったるゾ!」

牛と共に暮らすサンタル族にとって、牛フンはなくてはならない貴重な資源だ。まず牛フンをひょいひょいっと手でまとめて肩にかつぎ、運ぶ。簡単そうに見えて実はこの時点ですでに難しいのだ。うーん、うまくまとまらない。ガシュリや、他の奥様方はサッカーボール大くらいの量をスイスイまとめて持つんだけど、私はせいぜい大きめのおにぎりサイズの牛フン団子しか作れない。

次に持って来た牛フンを、小さくまるめて木や壁にペタペタはりつける。あんころ餅のような牛フンが家々の壁にビッシリくっ付いている光景は、ナニコレ珍百景で絶対MV珍確実だ。よく見るとリズムがあって、これだけでも作品になりそう。牛フンが完全に乾燥したら剥がし、燃料として火にくべられるのだ。

他には、牛フンを水と混ぜて塗料にし、壁に塗って使う方法もある。繊維を多く含んだ牛フンを塗ることで壁を強くし、見た目もなめらかで綺麗になるのだ。私は壁や床に塗る手伝いをしていた。牛フン塗料で家のメンテナンス。手で描かれたストロークが、壁に青海波のような文様を残していった。

「ほーんと、グリ(牛フン)はいいわねー」

と笑顔のガシュリ。

「ウン!牛フン最高!」

まったくガシュリの言うとおりだ。牛フンで壁一面塗り終えて、達成感に浸る間もなく、畑から帰ってきたママが、またも私に仕事をくれた。

「アヤ、ハリヤ(濁酒)を作りましょう。アヤも好きでしょう?」

サンタル族はお酒が大好き。どこの家に行っても

「まぁまぁ、座りんさい。ハリヤでも飲んでゆっくりしていって。」

となる。私は最初、酸味のあるハリヤがちょっと苦手だった。だけど、こんな調子で何度も飲んでいくにつれ、だんだんと癖になっていった。

「蒸したお米がお鍋の中にあるから持って来て。そうそう、それね。ここへ広げて、よーく冷ましたら、この粉を混ぜ込んで、ハンリートゥクイ(濁酒用の壺)に入れるのよ。しばらくすれば美味しいハリヤになるわ」

「お米の量、すんごく多いんだね!こりゃあ混ぜて冷ますのも重労働だぁ!」

「さっ。これだけ出来たらアヤも立派なインドのお嫁さんになれるわよ!」

 

洗濯をして、買物に行き、子守りをしながら、お昼ごはんを作る。畑に行って帰って来ると、すぐまたご飯を作らないといけない。牛フンで家中をぬったくり、皿洗いを済ませると、今度は赤ちゃんが泣き出す。時間を見つけてゴザも編みたいし、サリーのほつれも直さないといけない。あぁ、芥子菜の脱穀がまだだったわ。右に左に動き回り、とにかく本当に仕事が絶えないサンタル族の女性たち。あまりの働き者っぷりに頭がゼンゼン上がりません。あっぱれ女性達!私がインドに嫁げるようになるのは、まだまだ遠い先のことみたい。

                                 つづく


 

 

彩/AYA

 

東京生まれ、幼少期をフランスのパリで過ごす。祖父が台湾人。3歳の時に画家になる事を決意。東京都立総合芸術高等学校日本画専攻卒。現在多摩美術大学日本画専攻学部在籍。旅とアートを愛する画学生。学生作家として精力的に活動中。特技は指笛と水泳。象使いの免許保持者。時にふらりと冒険に出ることも。HP→http://chacha-portfolio.weebly.com