海の影をふんでー

桑原真知子

 

 
 
 
僕が眠らなくなったのは
花崗岩と砂岩でできたこの街ににじみ出た
海の匂いを感じてからだ

 

街の至る所に開いた細い海の入口にすべり込むと
そよそよと風になびくビルの群に
月の影が長く尾を引き
僕の体の中で青白く発光する海が
ざわざわと細かい波を立て始める

 

ヘリオトロープのネオンガスに照らされた
回遊する足のある魚の群
アルコールが混じり合った街の吐息がアスファルトの上に
いくつもの樹液のような小さなシミを残す
ほどけていく僕の記憶の輪郭線と
昔 海だった街の記憶が交差し
その交差した点(punto)に
シオフキやカガミガイやアカニシや
ウミユリやツノウシが
ホログラムの映像になって浮かび上がり 街の星座を形作る

 

一陣の風が吹き ガラスでできた青い足跡は
ナトリウムやマグネシウムやカリウムなどの成分に分解され
重力から解放された僕はつんとアスファルトをけって
縞模様を作ってゆらめく海の影を追って泳ぎ出す
 
 
 

桑原 真知子/くわはら まちこ

広島県生、空見人。多摩美術大学絵画科油画課卒業。広島大学文学部考古学科研究生修了。草戸千軒町遺跡にて、遺物の漆椀の図柄の模写や土器の復元を行う。シナジェティクス研究所にてCG担当とモジュール作成などを経て、現在は魂を宙に通わせながら作家活動を行っている。