気功エッセイ 

第5回 1990半ば過ぎ「心の世界」もバブル崩壊?

鳥飼美和子

 

 

 

1996年「宗教を考える学校」の試み              

 

阪神淡路大震災の後、オウム真理教事件がおこった1995年、精神と身体の融合と変容の可能性に思いを寄せていたわたしは、どしようもないいらだちと憂鬱を抱えていた。それはEFG 第4号の気功エッセイに述べたとおりである。オウム真理教問題をきっかけに始めたのが「宗教を考える学校」だった。

 

1980年代後半からニューアカデミズムと共に注目され市民権を得つつあった「精神世界」文化。まさに奈良県吉野野山奥に鎮座する天河大辨財天社は「精神世界の六本木」と呼ばれていた。1992年から始めた「天河曼荼羅」という活動は、金融のバブル崩壊が引き金であったともいえる。天河大辨財天社の本殿ご造営の最中にバブル崩壊がおこった。その影響で借財を負った神社を支援し、その歴史的、宗教的、文化的意味を再評価しようと始めた活動であった。

そしてその「天河曼荼羅」の最後の企画が「宗教を考える学校」であった。オウム真理教事件はある意味、精神世界文化のバブル崩壊的な事件ともいえよう。バブル崩壊のときこそ真実と出会うときなのだ。人を悟りにも魔境にも導きえる「宗教」というものについて、根本から問うてみよう、それが1996年一年がかりの連続講座「宗教を考える学校」であった。

 

1980年代、バブル経済が様々な文化をもバブルに導いた。そのなかには「精神世界文化」もあったはずだ。精神的な活動、経済的な活動、それが深いところで分かちがたく絡まり合っている。純粋に精神的なもの、霊的なものと、物質社会を動かしてゆく金融がとの相関、それは私などには太刀打ちできないメカニズムがある。まだこの時は、この深層に目を向けることはできなかった。

あのころ私たちがなし得たことは、ささやかだったかもしれない。しかし、皆それぞれ自分のできることに惜しみなく力を注いだ。毎月催す講座のための会場は、「天河曼荼羅」の活動開始時から共に作り上げてきた舞踊家の山田せつ子さんの稽古場。ダンスカンパニー枇杷系の協力を得て、全てを手作りでおこなった。

なぜ「宗教を考える学校」なのか、誰を講師として招き、どんな話をしていただくのか、ひとつひとつその意味を問い、話し合って進めて行った。講座一回ごとに担当スタッフが講義録を作成した。

「天河曼荼羅」は鎌田東二先生が発起人代表であり、その活動の中心にいた。充実の講師陣も鎌田氏の尽力と人脈に負うところが大きい。しかし、この活動はリーダー一人のものではない、スタッフそれぞれが力を出し合い、思いを語ることこそが重要な事なのだ。それぞれが考えること、自らの言葉をもつこと、他者の思いや言葉を深く受け止めること、同時に自由に自分の

道を選択できること。そのようなことこそ集団や組織のおこす問題、ひいてはオウム真理教のような状況に陥らないための第一歩であることを実感した。

 

全13回の講座は以下の通り、講師肩書は1996年当時のものだ。

1 「今、なぜ“宗教を考える学校”をつくるのか―宗教・霊性・意識の未来」鎌田東二(武蔵丘短期大学教授・宗教哲学)

2 「超宗教と神道と天河の精神―宗教意識は変化しているか?」柿坂神酒之祐(天河大辨財天社宮司)

3 「宗教と社会―新宗教および新霊性運動の輪郭と問題点」島薗進(東京大学教授・宗教学)

4 「宮澤賢治における宗教・芸術・科学」齋藤文一(新潟大学名誉教授・高層物理学)

5 「宗教と宗教学―宗教学の成立と展開と現代の宗教状況」&総括ディスカッションⅠ荒木美智雄(筑波大学教授・宗教学)

6 「宗教体験の本質と全人格的思惟」玉城康四郎(元東京大学教授・仏教学)

7 「神秘主義の諸問題とイロニー―宗教的形而上学批判」深澤英隆(一橋大学助教授・宗教学)

8 「宗教と修行―修行者がぶつかる諸問題」戸田善育(日蓮宗大荒行堂遠寿院伝師・住職)「富士講の新たなる再生に向けて」ま北きこり(富士講社ま北再興者・前プラサード書店店主)

9 「ホリスティック宗教と気の世界観」津村喬(関西気功協会代表・評論家)

10 「宗教と他界観―霊学とスピリチュアリズムの観点から」梅原伸太郎(本山人間科学大学院講師・人間霊学研究センター所長)

11 「生きることの驚きと謎」中村桂子(生命誌研究館副館長・早稲田大学教授・生命誌)

12 「宗教体験と芸術体験」&総括ディスカッションⅡ 横尾龍彦(画家)

13 「心理療法と宗教をつなぐもの」加藤清(精神科医)

 

東京自由大学で毎年ゼミをしていただく島薗進先生と初めてお会いしたのは、この宗教を考える学校であった。5回目の荒木美智雄先生、6回目の玉城康四郎先生、10回目の梅原伸太郎先生、13回目の加藤清先生は既に他界された。この一年と一カ月の活動によって、わたしたちは宗教の歴史や多彩な展開の片りんに触れ、忘れ得ぬ感動を得ることもできた。その忘れ得ぬいくつかの講座については次回に紹介しよう。

 

あれから18年のあいだに私たちは更に大きな大災害や大事故にみまわれた。2014年の現在、更に深い問いを発する時が来ている。「宗教を考える学校」を引き継いだ東京自由大学、今年「世直し講座」「震災解読事典」そして「戦争と霊性」を開講する。どこまで探究を深められるだろうか。簡単な答えはない。しかし、問い続けること、それが鎮魂であり、生きる糧にもなる気の通った学問を実現したい。その「場」が東京自由大学であるはずだ。

 

 

 

鳥飼 美和子/とりかい みわこ
気功家・長野県諏訪市出身。立教大学文学部卒。NHK教育テレビ「気功専科Ⅱ」インストラクター、関西気功協会理事を経て、現在NPO法人東京自由大学理事、峨眉功法普及会・関東世話人。日常の健康のための気功クラスの他に、精神神経科のデイケアクラスなどでも気功を指導する。
幼いころ庭石の上で踊っていたのが“気功”のはじめかもしれない。長じて前衛舞踏の活動を経て気功の世界へ。気功は文科系体育、気功はアート、気功は哲学、気功は内なる神仏との出会い、あるいは魔鬼との葛藤?? 身息心の曼荼羅への参入技法にして、天人合一への道程。
著書『きれいになる気功~激動の時代をしなやかに生きる』ちくま文庫(2013年)、『気功エクササイズ』成美堂出版(2005年・絶版)、『気功心法』瑞昇文化事業股份有限公司(2005年・台湾)