東京自由大学会員 

リレーエッセイ 第六回

 

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「鳥山先生と鎌田先生」

 山口 卓宏

 

 

 

「私」という現象は、「生まれ変わり」を信じていません。そんな馬鹿なことは、とても信じられません。

 

鳥山先生は、1941年に生まれ、2013年にご逝去されました。田中正造は、1841年に生まれ、1913年に亡くなっております。田中正造は、足尾鉱毒反対運動で最後の最後まで戦いつくしました。死去した時は無一文だったと云われております。この二人の生き様は、ある意味でとてもよく似ています。「決してひるまない、潔い人生」でした。生まれた年と、亡くなった年が丁度100年ずれております。

「私」の母が亡くなってから、丁度30年後の命日、18日に「私」の長男が誕生しました。息子の誕生日と母の命日が同月同日です。

NPO法人東京自由大学の運営委員のTさんは、516日生まれ。Oさんは、518日生まれ。T君は519日生まれ。Yさん(故人)は、520日生まれ。そして「私」も520日生まれです。

ポーカーに「ロイヤルストレートフラッシュ」という役が存在するわけだから、所詮すべては偶然に違いない。「生まれ変わり」や「ご縁」なんてあるはずがありません。

 

 

「私」が、なぜ今、NPO法人東京自由大学の運営委員という現象を演じているのかを少しお話させて頂きます。

中学2年生の頃、「僕は学校のロボットじゃない」と学校のアンケート用紙に書き、生徒指導の先生に呼ばれ、話を聞かれた。

高校1年の時、「僕は受験戦争の兵士になりたくない」と自己紹介文に書き、担任の先生に少し嫌味を言われた。

中学生の頃は成績が良かった。よく勉強をしていた。でも、高校に入学してまもなく、勉強をする気がなくなった。その代わり、面白そうな様々な分野の本をたくさん読んでいた。そのうち、受験も就職もどうでも良くなった。高校の成績は、ほとんどビリになった。「生きる意味」を知りたかった。近く(当時、青森市在住)のモルモン教会や統一教会などに出入りし、母を心配させていたと思う。

大学は史学科に所属していた。「生きる意味」を知りたくて、様々な分野の本を読んだりする傾向は、高校時代とあまり変わりませんでした。あっちをかじり、こっちをかじりで、一つのことに集中できず、学者に向いていないことを痛感しました。

大学を出て、休みが多そうで(ややあてはまる)、出世競争に巻き込まれなくてもよさそうな仕事(大いにあてはまる)に見えた教員になりました。教育に燃える金八先生とは似ても似つかぬ動機から、教員になったので、いつも引け目を感じております。

教員になってからも「生きる意味」が知りたくて、相変わらずあっちこっちに顔を出していました。「箱庭研究会」、「ユング心理学会」、「トランスパーソナル心理学会」、「人体科学会」、「ボディ・スペース」(気功関係)、そして「賢治の学校」などなど。

20年ほど前、「私」の家内が自然分娩(アクティブバース・水中出産)をしたことがきっかけで、自然育児に興味を持つ人々と関係ができ、その集まりの講師として鳥山先生が招かれました。その後しばらく鳥山先生の合宿等に参加し、濃密な時間と体験をさせて頂きました。やがて、立川に正式な「賢治の学校」が設立され、その講師として鎌田先生が招かれました。それが鎌田先生との出会い(私にとっての一方的な出会いですが)です。そして、東京自由大学の立ち上がりの頃の最初の春合宿(長瀞)に参加し、現在に至ります。

 

鎌田先生を見ていると、宮沢賢治の「透明な幽霊の複合体」を感じます。ほとんどイコールです。でも本当は、そんなことを本気で信じているわけではありません。「私」個人は、霊的現象なるものを一度も体験したことがありません。それらしきことを見たことも、聞いたこともまったくありません。宗教的なことにとても興味があるくせに、「神様なんてまったく信じない」と、人前で言うことにもまったく躊躇しません。 

今生の「私」という現象は、たぶん最後の最後まで「生まれ変わり」を信じないで終わるのかなと思います。鳥山先生は、「生まれ変わりはあります」と、はっきり述べられていましたが、「私」には、とても無理です。でも、あと10回くらい「生まれ変わったら」、「私」という現象も、鳥山先生に少しは近づけるかもしれません。鳥山先生と鎌田先生は、「私」にとっては、まさに「先を生きている」存在です。

 

 

 

山口 卓宏/やまぐち たくひろ

1963年、青森市生まれ。1982年、青森県立青森高等学校卒業。1987年、学習院大学文学部史学科卒業。1989年、学習院大学大学院人文科学科博士前期課程中退。専攻はドイツ宗教改革史。1989年~東京都立高等学校社会科教員(世界史)。東京自由大学の設立時から参加し、気が付いたら運営委員の一人として、微力ながらお手伝いをさせて頂いております。