台湾ノート

田 園


 
十日間ほど台湾に行って来た。
台 北のもっとも安くて古い宿で、江さんという女の子に出会った。江さんは台湾南部の出身で、家族は縫製工場を経営していた。ナイキなどの欧米メーカーから発 注を受け、洋服を作って輸出していたのだ。しかし、二十年前からメーカーが中国大陸へ工場を移し、今は東南アジアなどに移してしまった。そのため、江さん のお父さんは工場をやめ、農家に戻ってこざるを得なかった。

お父さんは苦労しているようだ。農業はきつくて、汚い。しかも農産物がなかなか売れない。台湾はアメリカと接近したため、省内の農業を抑圧しているそうだ。ある日、お父さんは江さんに「農業の道は先がない。お前は別の道を探せ」と言ったという。

江さんは川口由一の本を読み、「自然農をやってみれば?」とお父さんに勧めてみた。しかしお父さんは頑固者で、聞き入れてくれなかった。そこで彼女は土地の 一部を分けてもらい、「手抜き農」をはじめたのだ。苗を植えて、放っておく。すると草がボウボウと生えて、バナナの木は巨大化した。隣の農家からはかなり バカにされたという。その一方で、彼女は台北に行き、公務員試験を受けるため塾に通い始めた。「農業する公務員」を目指すことにしたのだ。

しかし江さんが応募する予定の公務員のポジションは、その年は募集しないことになってしまった。困った彼女は、民間信仰のお寺に行って、地主神のお告げをうけることにした。線香をあげ、「私の進むべき道はなんでしょう。このままで良いのでしょうか」と言いながら、「筊杯 (ジャオベイ)」という三日月みたいな木片セットで占う。木片に陰(膨らんだ面)と陽(平らな面)があり、占いの結果は、陰×陽=○、陰×陰=×、陽× 陽=(笑)だという。本人の話によると、何回も繰り返すうちに、彼女は神様のお告げが分かるようになった。台湾南部で、観光ツアーのガイドさんになりなさ いというものだった。そこで江さんは受験勉強をあっさりやめて、地主神様のお告げに従い、ガイドさんになることにしたという。江さんはこんなことも言って いた。「やっぱり神様は仏教のことをよく知らないみたいよ。仏教のことについて聞いたら、いつも陽×陽=(笑)という結果なの」。


南 国らしいのんびりした雰囲気と、華人社会ならではのカオスモス。台湾は実に面白い。古い工場の跡地に建てた文化芸術公園で屋台を出して、自分の作品を売っ ている若者たち。朝の公園で、丸い石ころでできた健康歩道に横になって、ごろごろしているおじさん・おばさん。みんなの幸せや来世の幸せのために不思議な 施設で仕事をしているお年寄り。酒もタバコも肉も魚も一切口にしない仏教徒と、58度の強烈な酒を一回でペットボトル一本分も平気で飲んでしまう酒教徒(?)が、同じ食卓を囲んでいる。思わずいいねと笑っちゃうよね。

 
私 が泊まっていた宿は、立法院に近かった。ちょうどヒマワリ学生運動が繰り広げられていた。地下鉄駅のトイレに、学生が長蛇の列をなしている。しかし、彼ら の雰囲気は明るくて和気藹々としていた。それはデモというより、人気歌手のライブといった感じだ。報道ではあまり伝えられていないが、多くの学生たちは、 貿易協議に反対するためだけにデモに打ち込んだのではなく、青春の思い出作りをしているのだろうという印象を覚えた。台湾は、政治と経済がその表層にまで 溢れ出していた。それと同じように、運命や前世、神様なども、日常空間の中で生き生きと躍動していた。

 

 

 

 

田 園/でん えん
北京出身。畑に囲まれた田舎の寄宿制中学校、北京師範大学第二付属高校、北京映画学院大学卒。そして来日。中央大学大学院で修士号を取り、博士課程に在籍中。研究分野は宗教社会学だが、その業績はほぼなし。漫画家デビュー歴あり。黒い歴史満載。猛禽保護センター、出稼ぎ労働者の子供のための学校などでボランティアをしていた。中国赤十字社で救命技能認定証をとったが、期限切れている。今は念仏+論語+民間療法+市民農園に情熱を燃やしている。