神・石・人の結ばれる場所 -伊豆諸島の聖地-

石井 匠

 

 

「聖地」と聞いて、みなさんは、どのような場所をイメージするだろうか?

『日本大百科全書』によると、聖地は「宗教的あるいは伝説的に日常の空間とは異なる神聖さをもち、通常タブーとされる区域」であり、次の3つに分けられるとされる。

 

① 山・岩・川・池・森・樹木など、自然そのものを神聖視する「自然的聖地」

② 祭儀のために一時的にしつらえられたり、社殿のような恒久的な建造物が設置されたりする「人工的に生み出された聖地」

③「創造主や聖者に起源を発する聖地」

 

伊豆諸島では、3つの要素が不可分にまじり合った聖地が、数多く存在する。そのような島々の聖地を歩くと、必ずといってよいほど、大小の「石」に出会う。海や山、川に転がっているふつうの石が積み上げられていたり、立てられていたりする。

 

あるいは、人工の石祠が祀られていたり、コンクリートブロックを組み合わせた祠が自然石とともに祀られていたりもする。自然か人工かの差はあれども、大きく見れば、すべからく「石」である。

 

今現在、たったひとつの石が、そこに立てられているだけのものもあれば、社殿が建っている氏神とされる神社の境内に、各家庭で守り継いできたおびただしい数の「石」たちが、さまざまな事情で集められている場合もある。

 

社殿のある神社であっても、石のほうが目立っていて、まさに石だらけ、石しかない聖地と言ってもいい場所もある。島々の聖地を渡り歩いてみれば、本州の「神社」のイメージとは、まるでかけ離れていることが分かる。

 

聖地におかれるさまざまな石たちは、一見しただけでは、ただの石である。あるいは、そこが聖地であるということを示す、ただの印にしか見えない。

しかし、それを単なる石などと、あなどってはならない。

聖地におかれた石たちは、神々に捧げられたモノであり、神々がよりつくモノであり、神々の容れ物であり、島々の神々そのものであるからだ。

 

聖地には、山・岩・川・森・草木があり、そして、石がある。

人間の手によって聖地におかれた石たちは、ただの石ではない。

とある人が、とある場所から、とある石を選んで運び、その人自身や家族、その人の所属する社会集団が、神が来臨する、神がおわす「特別な場所」として認識している聖地に、石をおく。

 

おかれた石は、その瞬間から、聖なる場所に在る「聖なるもの」としての聖性を帯び、聖地と一体化し、神体もしくは神そのものとなる。逆に、石そのものが神として認識されている場合、おかれた石によって、なんでもない場所が聖化される。

 

そうした石たちは、私たちの世界において、神のいる超自然的世界と人間社会と自然界とを結びつける、蝶つがいのような役目を負っている。

 

石は、「いのち」をもった存在者である。

石は、意思をもっている。

石の意思によって、人は選ばされている。

 

とするならば、人が聖地におく石を選んでいるだけではなく、逆に、石から人も選ばれているということになる。その相互の意思疎通の互恵性、分かちがたい結びつきから成り立っているのが、日本列島の石・聖地・人のあり方だ。

 

そうなると、私たち日本人にとっての石は、人と同格の存在として見るべきモノなのかもしれない。

 

そこで、ためしに聖地にある石の履歴書をさかのぼってみよう。

彼/彼女らの経歴欄のはじまりに書かれているのは、私たちを含めたすべてのもの、森羅万象に共通する、約137億年前のビッグバンだ。

地質学・古生物学者のヤン・ザラシーヴィッチは『小石、地球の来歴を語る』という本のなかで、石の来歴を見事に描き出しているが、「プロローグ」で次のように述べている。

 

それはただの小石。世界中にある数百万個のなかのたった一つの石。(中略)だが、その小石は、ほかの幾多の仲間と同じように、物語を秘めたカプセル。なかには数え切れないほどの物語が詰まっている。

だが、そのサイズに惑わされてはならない。内側に秘められた物語は壮大で、人類が経験してきた領域をはるかに越え、想像力さえ及ばない。地球の形成にまで遡り――さらにそれ以前、太古の星々誕生と死にまで広がっているのだ。

 

 

石は、宇宙のはじまり、地球の誕生から私たちと共に歩んできた大先輩である。いや、履歴書を照らし合わせれば、むしろ一心同体の存在と言ってもいい。

石と人は一心同体。そして、聖地にたたずむ「石=人」の間に神が加わってくる。

 

芸術家・岡本太郎は、黒潮文化圏として伊豆諸島とも密接なつながりのある沖縄の聖地・ウタキについて、次のように語っている。

  

かつて私は沖縄に行ったとき、そこで一番神聖な場所、久高島の御嶽を訪ねて、強烈にうたれた。そこは神の天降る聖所だが、森の中のわずかな空地に、なんでもない、ただの石ころが三つ四つ、落ち葉に埋もれてころがっているだけだ。私は、これこそわれわれの文化の原型だと、衝撃的にさとった。

(中略)そのなんにもなさ、無いことのキヨラカサにふれて、言いようのない生命感が瞬間のうちによみがえったのだ。(中略)われわれは果てしもない遠い昔から、木と石ころだけで神を迎え、神と合体した歴史をもっている。

 

 

つまり、「聖地=木+石+神+人」というわけである。

太郎が言うような、社殿のようなゴテゴテした物がない、「なんにもない」聖地は沖縄だけでなく、伊豆諸島にも数多く残されている。とりわけ八丈島以南では、それが色濃く残されている。

伊豆諸島北部にも、「木+石+神+人」の聖地は、本州に近づくほど聖地の形態は近代化されているものの、御蔵島や三宅島にも見られるし、新島・式根島の社殿のある神社では、社殿の左右に必ずと言ってよいほど、末社と呼ばれる自然石が祀られているし、社殿の裏手に自然石が祀られる神社もある。利島には、少ないながらも今も自然石が聖地にあるし、神社の境内には、古く中世にさかのぼるおびただしい数の石が集積された祭祀遺構がある。最北端の大島の聖地の多くにも、社殿や人工の石祠の脇にひっそりと「石」が聖地に祀られている。

 

このような伊豆諸島の聖地の形態のバリエーションを、「無いことのキヨラカサ」の濃淡で喩えるならば、物があふれる北部の淡い色から、南部にかけて次第に「キヨラカサ」色が濃くなるようなグラデーションとして描くこともできる。

いずれにせよ、伊豆諸島の聖地には、石の存在が不可欠であることは確かだ。

 

しかし、なぜ、石なのか?

 

それをひも解くひとつのヒントは、中世の『三嶋大明神縁起』(通称『三宅記』)のいたるところに記される三嶋大明神と石との関係にある。この縁起は、三宅島で代々神主兼島長を勤めてきた壬生家や、新島の前田家、伊豆半島の突端に位置する白濱神社の原家に伝わる、薬師如来を本地仏とする三嶋大明神の縁起物語であり、伊豆諸島の造島神話が語られている。

 

この中世神話には、伊豆諸島の島々が誕生する様子が描かれている。はじめに、龍神が海底に3つの石を積み置き、その石積みを焼きだすという方法で島々が造られていくのである。はじめに、龍神が海底に3つの石を積み置き、それを焼きだすという方法で島々が造られていく。それは、島々の噴火の情景を表しているのだが、つまりは、伊豆諸島は燃えたぎる石なのである。 さらに、物語では三嶋大明神が島自体であることや、大明神と数多の妻子や従者たちが、ことごとく石に姿をうつして垂迹し、大明神から壬生氏に「石の笏」が授けられる。
 

このように伊豆諸島の聖地は、まさに神・石・人が合体している島々なのである。

 

そのような眼差しから、島々の聖地にある石たちを巡る旅に出てみてほしい。島でなくとも、近所の聖地に転がっている石を巡り歩いてみるのもいい。

きっと、今までとはまったく違った姿の「石」たちに出会うことができるはずだ。

 

 

 

引用参考文献

●石井 匠編 2013『島々の聖地 八丈島・八丈小島・青ヶ島(伊豆諸島)・南大東島(南西諸島)編』國學院大學研究開発推進機構学術資料館(考古学資料館部門)  

●上田紀行「聖地(せいち)」『Yahoo!百科事典』(『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館)http://100.yahoo.co.jp/detail/%E8%81%96%E5%9C%B0/ 

●岡本太郎 2004『美の呪力』新潮文庫

●深澤太郎 2009「三嶋神と『三宅記』のアルケオロジー-三宅島の中世積石塚と石神信仰-」『國學院大學伝統文化リサーチセンター紀要』第1号、國學院大學研究開発推進機構伝統文化リサーチセンター

●三橋 健 1978「三嶋大明神縁起」『國學院大學紀要』第16輯、國學院大學

●ヤン・ザラシーヴィッチ 2012(江口あとか訳)『小石、地球の来歴を語る』みすず書房

 

 

 

 

石井 匠/いしい たくみ

1978年生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(歴史学)。専門は芸術考古学、芸術人類学。研究対象は、縄文土器や現代の石神、岡本太郎にアイドルまで「日本文化」のあれこれについて考えている。現在、國學院大學研究開発推進機構PD研究員・國學院大學博物館学芸員(嘱託)、京都造形芸術大学・多摩美術大学非常勤講師、多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員、岡本太郎記念現代芸術振興財団『明日の神話』再生プロジェクトスタッフ。著書に『謎解き太陽の塔』(幻冬舎新書)、『縄文土器の文様構造』(アム・プロモーション)、共著に『縄文土器を読む』(アム・プロモーション)、編著に『島々の聖地』(國學院大學学術資料館)ほか多数。 http://researchmap.jp/takumi/