出雲で鎌田東二と一緒に久高オデッセイ第三部を鑑賞した話し

高嶋 敏展

 

 

 

いつか見たいと思っていたドキュメンタリー映画「久高オデッセイ」。
僕は「ひめゆり」や「標的の村」など沖縄を舞台にしたドキュメンタリー映画になぜか縁があり「久高オデッセイ」も「見たいな、見たいな!」と言い続けていた。このメルマガでお馴染みの鎌田東二さんや僕の友人、知人が制作に奔走したと聞いていた。

今年の8月に島根県の隠岐諸島で行われる「隠岐アートトライアル」というイベントに出雲在住の巨石写真家と須田郡司さんと鎌田さんが一緒に招かれた。せっかくだからそのタイミングで「久高オデッセイ第三部」の出雲上映会をしようと須田さんが言った。そりゃ凄い楽しみだ!と思った矢先。
いささか酔っぱらった須田さんは僕に言う。
「でだタカシマ君、君には松江方面の上映会をやってもらいたい」。
マジかよ!
さらに、さらに
「ドキュメンタリーの映画祭やフェスとか島根でやれたら良いって言ってたよねタカシマ君」
ああ言ったさ、言いましたよ。
たしかに言ったが僕がやるとはひと言も言ってはないぞ。
「でだタカシマ君、フェスをやるには団体の名前が必要だがどんな名前がいい?」

おい酔っぱらい、人の話し聞けや!

かくして須田郡司さんの強引な企画で山陰シネマカフェという島根で映画上映+アルファで何かするという団体が立ち上げられる。あげく僕はその団体の主催者になり知らぬ間に事が進んでいく。クリエイティブな事はカオスより始まる。成り行きに身を任せるテキトーさと心細さは何となく心地よい。

 

8月27日(土)の一畑薬師のいずもそば「もんぜん」の二階で行われた上映会は様々な意味でモニュメンタル。山陰シネマカフェの記念すべき第1回目の上映会にして山陰では始めての「久高オデッセイ」の上映会。そして世界初の上映会&割子そばの会なのだ。そう山陰シネマカフェと団体名をつけたくせに第1回の会場がそば屋の二階という早くも方向性を見失いかけているがこれにはちゃんと意味がある。かつてそば屋の2階は文化発信基地でそば屋の亭主たちの「何か頼んでくれたら座敷は好きにつかっていいぜ!」この言葉に励まされて落語家や文化人はそば屋に集まりお互いを磨きあった。
人が集い、出会い、語りあう。
そんなそば屋の2階を復活させるプロジェクト・・・ということにしておこう。
ちなみに「割子そば」はそば屋で江戸時代に松江の文化人たちが考え出した出雲独特の食べ方で基本は丸形の三段の漆塗りの器に冷たい蕎麦が入れられている。野外で蕎麦を食べる弁当箱として考えられたのがそのルーツ。

そして面白い事をやると必ず面白がる人がいる。

映画の前に地元のミュージシャン「マイトリー」の二人がミニライブをやってくれた。

面白かったのは久高島に行った事があるという人が数人混じっていた。出雲から沖縄、それも久高島、わざわざ以上に何か努力をしなければたどり着けない。

2009年に久高島を訪れた島根県立大学の教授で民俗学者の小泉凡さんは、島の住民がイラブー(セグロウミヘビ)の薫製小屋を見せてくれながら「このイラブーが出雲にいくと神迎え神事の龍神様になるんだ」と聞いたとか。

久高島でもセグロウミヘビは神さまの使いとして崇められている。イラブー汁なんかにして食べちゃうけど。小泉凡さんは島民が普通に神さまの話しをする事、そして出雲との距離の遠さを微塵も感じさせない話し振りに驚いたそうだ。また、出雲市にある猪目洞窟の弥生時代の遺跡から南洋でしか生息しないゴホウラ貝の腕輪が見つかった。関係なさそうな2カ所がつながっているのは偶然か、それ以上の必然があるのか?

旧暦の10月10日に出雲の海岸で行われる神迎え神事。竜蛇様(セグロウミヘビ)は神々の先導をする神とされている。

 

さて翌日の8月28日(日)は上映会に鎌田東二スペシャルトーク付きという贅沢な試み。会場は須田郡司さんと奥さんのひとみさんが経営しているベジカフェ「まないな」。

上映後、噂には聞いていたが大重監督への熱い、熱い想いのたけを期待通りの展開で鎌田さんは話してくれた。映画自体は美しく作られているが、その背景に織り込まれた監督の決意やこだわりは鎌田さんの言葉を聞かなければ知る事はできなかったろう。こんなに死後、語られる大重さんという人に生前に会えなかった事を僕はかなり後悔した。

上映後に鎌田さんの熱いトークが繰り広げられる。

最後に岩笛を吹いてくれた。映画の画面を通り抜けた島の風の音に思えた。

 

 

 

高嶋 敏展/たかしま としのぶ

写真家、アートプランナー。1972年出雲市生まれ。1996年大阪芸術大学芸術計画学科卒業。大学在学中に阪神淡路大震災が発生。芦屋市ボランティア委員会に所属(写真記録部長)被災地の記録作業や被災者自身が撮影記録を行うプロジェクトを 企画。1995年~「被災者が観た阪神淡路大震災写真展」(全国30か所巡回)、芦屋市立美術博物館ほか主催の「震災から10年」、横浜トリエンナーレ 2005(参加)、2010年「阪神淡路大震災15周年特別企画展」、2012年「阪神大震災回顧展」など多くのプロジェクトに発展する。