「神楽と神話」

三上 敏視




今回はちょっと音楽から離れた話題を。

先日、北海道新聞に短い原稿を書いたのだけれど、そこに記者の人が「ひと言メモ」みたいに神楽の紹介を書いてくれた。僕の民俗学事典の原稿を参考に書いてくれたのだけど、こういう表現だった。


魂を体内に鎮めるのが鎮魂であり、そのために祭祀の中で発達した呪術的な芸能が神楽とされる。名前の由来は、折口信夫らによる神の依代としての「神座(かみくら)」が変化して「かむくら」「かぐら」となったという説が定説になっている。「古事記」などの岩戸隠れの段でアメノウズメが神懸かりして舞った舞いが起源とされる。


「古事記」以降の部分は記者さんが独自に書いたもので、誤解を招くので「起源は巫女を神座として神託を得るための神懸かりの舞と考えられ、これが古事記などで岩戸開きのアメノウズメの舞に神話的に表現された。」という書き方に変えてもらった。

これは世間によくある「神楽は神話の仮面劇」という間違った捉え方ともつながっているのだけれど、神楽の発生には記紀神話は関係ないのである。


昨年11月に行われた民俗芸能学会で、神楽研究の重鎮である渡辺伸夫先生が、質疑応答のやりとりの中で「神楽と神話は関係ありません!」と断言していた。流れの中だったのでこうなったのだがこれには説明が必要で、ここで言う神話は記紀神話のことで今行われている神楽には神記紀話はおおいに関係しているけれど、多くは江戸に入ってから取り入れられたと考えられ、明治になってから始まった神楽ではほとんど取り入れられていると言っていいだろう。

そしてまたややこしいのだが、記紀神話ではない神話的な要素は中世から神楽にあって、これが重要な根源的存在なのである。


ひとつの神楽の中に後から採用された「岩戸開き」や「イザナギ・イザナミの国作り」の演目があって、それ以前からある宇宙の成り立ちを説明する「五行」の演目の両方があるところもあるし、記紀神話の演目のように見えてもそこにその土地々々の土着の神話的思考が反映されているところもあるのである。

備中神楽でも五行の演目があるが、現在は国学の影響で作られた娯楽的な神話劇が人気になっていて、実際に宮司として神楽に携わっている神崎宣武先生は「中世からの演目の五行をもっと大切にしなければならない」と言っている。


その土地々々の神話的思考が感じられるのは、九州の岩戸開きによくある「アマテラス」の役を子供がする」というケースだ。山口県の三作神楽にもあるが、銀鏡神楽、尾八重神楽、諸塚神楽など宮崎県に多く見られる。これはおそらく、神楽の根源に「冬至祭」があり、太陽が生まれ変わるのだからアマテラスもまた生まれ変わって子どもとして現れるということなのだろう。宮崎の夜神楽の場合、まさに夜が明けようとする時間に「岩戸開き」になる神楽が多いということもある。そして諸塚の南川神楽、戸下神楽では岩戸を開くのが手力男ではなく春日大神なのである。それも高千穂神楽のように力で開けるのではなく、手印を結んで呪術で開けるように見える。記紀神話とはまるで違ったものになっている、というか、違ったもののまま、というか。


神楽はその土地々々の祭祀文化の上に様々取り入れられたり影響を受けたりした要素が積み重なって現在の姿があり、それは「山の神」の演目が全国の神楽に多く見られ、それもとても重要視されていることにも現れている。早池峰神楽や黒森神楽などの山伏神楽は権現様と呼ぶ獅子頭に神仏が宿るとして最も大切にされているが、そこでも「山の神」は特別で、黒森神楽では「最も重要」とまで言われているのである。


神楽と神話はこのように複雑な関係で、簡単には言い切れないところがあるのである。

  

諸塚・南川神楽で山の端から朝日が差し込むちょうどその時、春日大神に導かれて現れる天照大御神。
諸塚・南川神楽で山の端から朝日が差し込むちょうどその時、春日大神に導かれて現れる天照大御神。

 

 

 

三上 敏視/みかみ としみ

音楽家、神楽・伝承音楽研究家。1953年 愛知県半田市生まれ、武蔵野育ち。93年に別冊宝島EX「アイヌの本」を企画編集。95年より奉納即興演奏グループである細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加。

日本のルーツミュージックとネイティブカルチャーを探していて里神楽に出会い、その多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別 冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽を中心にフィールドワークを続け、09年10月に単行本『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシン グ)を出版、初の神楽ガイドブックとして各方面から注目を集める。神楽の国内外公演のコーディネイトも多い。映像を使って神楽を紹介する「神楽ビデオ ジョッキー」の活動も全国各地で行っている。現在は神楽太鼓の繊細で呪術的な響きを大切にしたモダンルーツ音楽を中心に多様な音楽を制作、ライブ活動も奉 納演奏からソロ、ユニット活動まで多岐にわたる。また気功音楽家として『気舞』『香功』などの作品もあり、気功・ヨガ愛好者にBGMとしてひろく使われて いる。多摩美術大学美術学部非常勤講師、同大芸術人類学研究所(鶴岡真弓所長)特別研究員。