―ガラスの脳―
桑原 真知子
少し雨が降り、寒さが緩みました。今朝は霧が出て、窓辺からの視界がボンヤリとしてます。
洞爺湖の畔に住む友人が、黒土がついたままのジャガイモを送ってくれました。キタアカリ、トウヤ、どちらもホロホロと美味しくて、まだ見ぬ北の大地の豊かさを感じました。
「ガラスの脳」
脳のこわれた子は
透明な子になって
春を迎えて ピンクがかって見える山
朝の光に洗われて 流れる川
あぶくを吹き出す 小さなよどみ
充分に弾力を帯びて 足の裏をはね返す黒みがかった土
みじかい丈の草の間から 頭一つだして咲くナズナ
食事するスズメたちのふっくらとした羽毛
頬を刺し 木の葉をゆらす風
原爆供養の祠の鐘を 毎朝鳴らすおばあさん
風景がすべて透けて見えるから
この世界の何にでもなれて 何からも遠い
そうして病室の
廊下の
ナースステーションの
車椅子の上にいて
いてもいない子になる
遠い父の闘病生活を思い出しました。
母屋の後ろにあったアパートをリフォームして、一月に移り住みました。母屋の解体作業が始まり、日々壊されて行く家の悲鳴を聞く度に、自然に涙がこぼれてました。
長く父が寝てた日本間が剥き出しになり、母が一人でコーヒーを飲んでた台所が剥き出しになり、家族の思い出が剥き出しになって、思いもよらなかった感情が溢れ出て来ました。
50年生きた家には、それなりのエネルギーを感じます。あちこち壊れてボロボロになりながら、頑張って健気に立っててくれました。家としての役割、ご苦労様でしたと伝えました。
「電気工事 3.6」
ブレーカーが突然落ちた
domeが暗闇に包まれる
父の脳の細胞が土砂崩れ
道路が大きく切断された
ぬるく水があふれだす
ところどころ
レセプターがスパークし
言葉がふらふらとたち上がる
ぶにょぶにょする床に
座り込んだり
寝ころんだり
震える線で縁どられた言葉は
ただの記号?
生のサイン!?
新居には、スズメに加え、ヒヨドリとオレンジ色の羽根の鳥が来ています。鳥は木の葉影に身を寄せながらこの冬を越し、小さな庭の少しの金柑を食べに来ています。
肉体は、魂を現世につなぎ止めておく為の船着き場のような装置でしょうか。もやいのロープがほどけて来たり、船着場から出て行こうとする人もあり、懸命に命に心を傾けながら、私たちの年代はそんな季節を迎えました。
形あるものに心を映し、私の命の住み替えは、もう少し先なのかも知れません。できれば南向きの窓から見える空に想いを届けながら、輪郭線がほどけて行くのを受け止めて行ければと思います。
桑原 真知子/くわはら まちこ
広島県生、空見人。多摩美術大学絵画科油画課卒業。広島大学文学部考古学科研究生修了。草戸千軒町遺跡にて、遺物の漆椀の図柄の模写や土器の復元を行う。シナジェティクス研究所にてCG担当とモジュール作成などを経て、現在は魂を宙に通わせながら作家活動を行っている。