アースフリーグリーン革命あるいは生態智を求めて その11 

鎌田東二




17、オウム真理教事件と東京自由大学と「久高オデッセイ」


 今年の 3月 20日は、オウム真理教事件の最初の出来事となった地下鉄サリン事件から 20年の節目の日であった。本年は、 1月 17日が阪神大震災から 20年、また 8月15日が終戦=敗戦70年という大きな節目となるめぐりの年である。

そしてその 3月 20日はわたしの 64歳の誕生日であった。 20年前、 44歳の誕生日の朝未明、たぶん午前3時から4時の間くらいだったと思う。埼玉県大宮市の自宅で眠っていたのだが、突然ピョンピョンと体が飛び跳ねるような震えがやってきた。ガタガタと震えるという言葉ではおっつかないほどの激しい飛び跳ねる震えで、後にも先にもあれほどガクガクピョンピョンと震えたことがないくらいだった。

その震えと寒さは 20分ほど続いただろうか。いつしか収まり、また朝まで寝入った。そしてその日の朝8時頃、通勤時間の真最中に地下鉄丸ノ内線・日比谷線・千代田線の車両でサリンが撒かれたのだった。

夕方になってから報道で地下鉄サリン事件のことを知り、そしてしばらくしてそれがオウム真理教が起こした事件であったことを知って、衝撃を受けた。このような出来事が起こるかもしれないということをどこか予感しながら、何もできなかった自分を責め始めた。それから 2年間、どうにもならない堂々巡りの自責の念と自己処罰感とのループの中で最悪どん底の状態に陥った。

深酒もした。行き場のない自責感が暴力的に噴出する。自暴自棄にもなる。かと思うと、崇高な使命感に駆られて誇大妄想的な行動を取りそうにもなるが、そのような昂揚感はすぐに潰えた。UP・DOWNが激しく、自分を持て余した。

自分でもわかっていたが、どうすることもできない、蟻地獄の堂々巡りの中に陥った。 36歳の時の「魔」に捕われた時にも似た堂々巡りと自己破滅的な状況であった。46歳になる直前の1997年3月初めころだったか、大宮市立大成中学校の校長先生がわが家にやって来て、PTAの会長に就任してほしいと依頼された。

よく考えて、引き受けるにあたって条件を1つ出した。「運動会の時、PTA会長挨拶の際、法螺貝を吹くのを認めてくれるのなら、引き受けてもいい」という条件だった。校長は 2つ返事で OKを出した。そこで、 1997年 4月の大成中学校の入学式の時から PTA会長として挨拶などすることになったが、わたしの心の中は最悪の自責感に苛まされる状態が続いていた。その年の 6月末に「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る少年 Aが連続児童殺傷事件の容疑者として逮捕された。地下鉄サリン事件・オウム真理教事件から2年余りが経っていた。

この酒鬼薔薇事件の衝撃でわたしは「外圧」によって変わった。決して、「内圧」による「内的必然」で変わったのではない。「外圧」による不可抗力的な衝撃でくだを巻いていた自責の念が吹っ飛んだのだった。「そんなことでいつまでもウダウダしている場合ではない!」と。「なりふりかまわず、突き進むしかない!」と。

この「酒鬼薔薇事件」を教育学者の竹内常一氏と同様、わたしは「子どもの中のオウム事件」と捉え、オウム真理教事件と酒鬼薔薇事件を結びつけながら考察した『呪殺・魔境論』(集英社、 2014年、 2013年に『「呪い」を解く』と改題して文春文庫より再版)を7年かけて世に問うた。だが、まだまだ考察も取り組みも足りない。

さらに深くこの問題に向き合わねばならないと思う気持ちから、科学研究費補助金を申請し、2011年度から2014年度までの4年間、「身心変容技法の比較宗教学―心と体とモノをつなぐワザの総合的研究」(基盤A)を申請し、研究活動を推進し、その成果を、「身心変容技法研究会」のHPや研究年報『身心変容技法研究』第 1号~第 4号( 2012年 3月より 2015年 3月まで、毎年 3月末に刊行。通算4号)として社会発信している。

そして、本年4月から新採択された科研「身心変容技法と霊的暴力-宗教経験における負の感情の浄化のワザに関する総合的研究」(基盤研究A)をさらに4年間推進していく中で、オウム真理教事件と酒鬼薔薇事件の問題をさらに深く学術的に究明していくつもりである。

この研究プロジェクトの研究代表者はわたしであるが、研究分担者としてお願いしたのは、鶴岡賀雄(東京大学教授・宗教学・キリスト教神秘主義研究)、島薗進(上智大学グリーフケア研究所所長・東京大学名誉教授・宗教学・新宗教研究)、津城寛文(筑波大学教授・宗教学・公共宗教研究)、井上ウィマラ(高野山大学教授・スピリチュアルケア研究と実践)、河合俊雄(京都大学こころの未来研究センター教授・臨床心理学)、棚次正和(京都府立医科大学前教授・宗教哲学)、町田宗鳳(広島大学教授・比較宗教学・天台宗僧侶)、齋木潤(京都大学教授・認知科学)、篠原資明(京都大学教授・美学)、倉島哲(関西学院大学教授・社会学・太極拳研究)、金香淑(目白大学前准教授・文化人類学・韓国シャーマニズム研究)、永澤哲(京都文教大学准教授・宗教学・チベット仏教研究と実践)、稲葉俊郎(東京大学医学研究科助教・医師・循環器内科・未来医療)、野村理朗(京都大学准教授・認知神経科学)、林紀行(大阪大学医学研究科助教・医師・精神医学・統合医療)という、わたしを入れて総勢16名の大研究チームである。さらに、加えて、宗教学者の島田裕巳さんや太田俊寛さんや田口ランディさんにも研究協力者として参画してもらう予定だ。


研究目的と研究概要は以下の通りである。

研究目的:「身心変容技法の比較宗教学―心と体とモノをつなぐワザの総合的研究」(基盤A:2011年~2015年)の成果をさらに発展深化させ、「身心変容技法」が引き起こし得る負の局面を含め総合的に研究する。「身心変容技法」とは、「身体と心の状態を当事者にとってよりよいと考えられる理想的な状態に切り替え変容・転換させる諸技法」を指すが、その理想や理念とは裏腹に、それが「霊的暴力」(超越的な世界観に裏付けられた破壊性)を引き起こすことがままある。「身心の荒廃」が様々な局面で社会問題となっている時代状況下、その負の連鎖から抜け出ていくための宗教的リソースやワザ(技術と知恵)として「身心変容技法」を正当に位置づけるためにも、その負の局面の危険性や問題性を明らかにしつつその応用可能性の道を探ることは喫緊の課題であり宗教研究の責務である。


研究概要:

「身心変容(transfomation of body & mind)」および「霊的暴力(spiritual violence)」

「霊的虐待(spiritual abuse)」の概念を明確にし、その個別事例を比較検討しながら、そこに共通する構造や文法を取り出し、そのヴァリエーションを明らかにする。特にそれが「負の顕われ」として問題となった局面を解明する。禅修行における「魔境」の問題、大本教事件における「鎮魂帰神法」の問題点、オウム真理教の「水中クンバカ」や「土中サマディ」や「血のイニシエーション」などがもたらす「霊的虐待」と坂本弁護士殺害事件や地下鉄サリン事件との関係、瞑想によって引き起こされることのある「クンダリニー症候群(Kundalini syndrome)」、いわゆる「カルト教団」とされてきた人民寺院や太陽寺院やヘヴンズ・ゲートなどの「集団自殺」、チャールズ・マンソンによる殺人事件など、修行や薬物使用などによる「身心変容」とともに顕在化した諸種の「霊的暴力」の事例を比較研究し、その特徴と問題点を明らかにする。


こうして、「身心変容」の「負の側面」に焦点を当てつつ、聖と正の側面もより

立体的に浮き彫りにしたいと考えている。20年かけて、ようやっとここまで来た。そして、20年かけて、大重潤一郎さんは、まもなく「久高オデッセイ第三部 風章」を完成させる。命を削りに削りながら。最後の闘いのように、「久高オデッセイ第三部 風章」に「風=霊魂=気息(呼吸・息)=プネウマ=スピリット」を吹き込んでいる。精魂込めて。

その映画の音楽を現代音楽界の代表者の一人の新実徳英さんが、また語り(ナレーション)を女優の鶴田真由さんが引き受けてくださり、いま作曲中、また準備中で

ある。

そして、7月5日に東京・両国の劇場シアターΧ(カイ)で完成披露特別記念上映会&シンポジウムを開催する。その概要は次のとおりである。(「久高オデッセイ」については、下記およびNPO法人東京自由大学のHPを参照されたい。


特別企画 『久高オデッセイ第三部 風章』完成上映会&シンポジウム

「大重映画と『久高オデッセイ』が問いかけるもの」

「久高オデッセイ第三部 風章」2015年7月完成、今回初上映

製作:鎌田東二、監督:大重潤一郎、音楽:新実徳英、ナレーション:鶴田真由

日時: 2015年7月5日(日) 10時~17時30分

場所: シアターΧ(カイ)(墨田区両国2-10-14 両国シティコア)


プログラム:

■午前 10:00「久高オデッセイ第一部 結章」(2006)上映、11:30「久高オデッセイ第二部 生章」(2009)上映

午後 13:30「久高オデッセイ第三部 風章」(2015)上映、15:45シンポジウム「大重映画と『久高オデッセイ』が問いかけるもの」


パネリスト:

島薗進(『久高オデッセイ第三部 風章』制作実行委員会副実行委員長、東京大学名誉教授・上智大学グリーフケア研究所所長・宗教学)

新実徳英(音楽家・作曲家・桐朋学園大学院大学教授・『久高オデッセイ第三部 風章』作曲・音楽)

堀田泰寛(映画カメラマン)

阿部珠理(立教大学教授・アメリカ先住民研究)

宮内勝典(作家、大重潤一郎とは高校時代からの親友)

司会: 鎌田東二(『久高オデッセイ第三部 風章』制作実行委員会副実行委員長、京都大学こころの未来研究センター教授・ NPO法人東京自由大学理事長・宗教哲学・民俗学)


参加費: 午前 2000円、午後 2500円、通し 3000円

 

 

 

鎌田 東二/かまた とうじ

1951 年徳島県阿南市生まれ。國學院大學文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科神道学専攻博士課程単位取得退学。岡山大学大学院医歯学総合研究科社会環境生命科 学専攻単位取得退学。武蔵丘短期大学助教授、京都造形芸術大学教授を経て、現在、京都大学こころの未来研究センター教授。NPO法人東京自由大学理事長。文学博士。宗教哲学・民俗学・日本思想史・比較文明学などを専攻。神道ソングライター。神仏習合フリーランス神主。石笛・横笛・法螺貝奏者。著書に『神界のフィールドワーク』(ちくま学芸文庫)『翁童論』(新曜社)4部作、『宗教と霊性』『神と仏の出逢う国』『古事記ワンダーランド』(角川選書)『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』(岩波現代文庫)『超訳古事記』(ミシマ社)『神と仏の精神史』『現代神道論霊性と生態智の探究』(春秋社)『「呪い」を解く』(文春文庫)など。鎌田東二オフィシャルサイト