~ 希望としてのRewilding ~ 

自然の時間軸で大地を考える。

赤阪友昭

 

 

 

 

アムステルダム近郊の自然保護区オーストファーデルスプラッセンが注目を集めている。一昨年オランダで大ヒットしたドキュメンタリー映画『新しい野生の土地』(英訳題名”The New Wilderness”から)により、その特異な場所の生態が広く知られるようになったからだ。人間が介入することをやめた土地では、自然がみずからの論理(緯度、日光、降水量、地形、土壌など)にしたがって、元来の動植物相を回復してゆく。それ自体は予想のつくプロセスだが、実際にそのプロセスをここまで大規模かつ詳細に体験し観察する機会は、現代世界の先進国においては類例がないのではないか。


ほんの数十年のスパンのあいだに、再導入された原生種の馬の群れが繁殖し、鳥類やキツネなどの小型動物もおびただしく住むようになった。もちろんその背後には、動物たちの生活を支える植物相の全面的な復元(および新たな創出)がある。それが、ヨーロッパでももっとも人口密度の高い国オランダの、大都市アムステルダムにほど近い海岸地帯での話なのだ。ヒトという種の全地球的な活動、それも主として利潤を目的とするきわめて不自然・反自然的活動により激変を強いられた環境で、つねに強い圧力を受けながら絶滅の際にまで追いつめられている動植物の生命のありかたを見つめ、ヒトの活動の自己制限を通じてかれらの生存を励ますことは、火急の重要性を帯びている。

 

2011年の震災後の被災地の未来を見据えた時、オランダと福島。海沿いに存在する土地という以外には、これまで共通点のなかった二つの場所が未来に向かって交差する。そのベクトルを促しているのは野生の営みである。オランダの自然保護区を作り上げた野生と、放射能汚染により人が立ち入ることのできない場所を自然に戻そうとする野生はけっして異なるものではない。自然の中で生き延びてきたヒトは、命を保障する枠組みを懸命に作り上げて来た。しかし、そうした生存圏そのものすらも自然がなければ成立すること

はない。自然とは野生の営みそのものに他ならない。人が手を放した場所は、いずれ自然へと回帰する。放射能に汚染された場所もまた然り。人がその場所から排除される時間はどのくらいだろう?百年か、千年か、それとも一万年だろうか。40年で豊かな自然が戻るのであれば、百年も経てばその場所は人の痕跡を消し去り、千年も経てば、放射能の影響も減少し動物たちも戻って来られるかもしれない。一万年も経てば、もし人間が生きていればそこを聖地と呼ぶことだろう。放射能汚染された土地について、人間の時間軸からみればその土地から排除されることしか見えないかもしれないが、宇宙的な時間軸からみれば、その土地を自然に託して膨大な年月をかけて人間が関わる前の自然に戻してもらうことになる。それはひょっとしたらずっと未来の子どもたちにものすごく豊かな自然を残せるチャンスになると考えられないだろうか?

 

 

 

そう。未来を考えるときに、人間の時間軸から野生の時間軸へとシフトしてみる。大地はけっして失われたのではなく、奪われたのでもない。 人間を除けば、あいもかわらずあらゆる生命体がその場所の上で遷移しつつ、すこしずつその土地を豊かにしてくれている。自然はあくまでもその理のまま存在し続ける。つまり、野生の力が働くかぎり、我々の未来には希望が残されているのである。ひとつの提案がある。たとえば、オランダのようにヒトのためではなく野生の場として自然保護区を福島に残してみてはどうだろうか、ひとつの希望の種として。

 

その手始めとして、人が手を放した場所に、豊かな自然環境を創出してゆく野生という力をできるだけ多くの人びとに感じてもらうために、まずはオランダのドキュメンタリー映画「The New Wilderness」の日本語版の上映を計画している。

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<映画「The New Wilderness」概略>

その国土のほとんどが低地湿地帯でもともと人工的に作られた土地が多いオランダほど野性という言葉が似合わない国はない。 今回の映画は、オランダ・アムステルダムから50キロほど離れたところにある自然保護区オーストファーデルスプラッセンが舞台となる。その敷地面積は56平方キロメートルと限られており、1968年に行われた干拓事業がそのはじまりとなった。事業はやがて経済的に破綻をきたし、干拓地はそのまま放置され、無人となった土地には人の手が入らないまま10年が過ぎた。いつの間にか湿地に

は覆い茂った水草を目当てに水鳥たちが集まるようになり、その数は数万羽となっていた。その事実を知った自然保護活動家たちはこの場所を自然保護区にすることに成功する。実験的に放牧された数十頭のコニック(もともとは家畜だった馬が野生化した種)と赤鹿は、野生の営みに呼応するように繁殖を重ね数千頭の群れを作るようになっていった。最初は人間が作り出した土地であるにもかかわらず、そこには新しい野生が命を育み、いつの間にか美しい野生の楽園を作り出していた。湿原は、1989年にラムサール条約の認定を受け、現在では、リワイルディング(野生の再生)の場として欧州でもよく知られるようになった。2013年秋、この自然保護区オーストファーデルスプラッセンを舞台にしたドキュメンタリー映画がオランダ国内で公開されると、その美しい自然の風景と動物達の映像はオランダの国民に驚きと喜びを衝撃を与えた。人が手を放して野生に任せれば、このような大地が再び復活する可能性があるという希望をヨーロッパ中に与えることになったのである。興味のある方は次のサイトの予告編をご覧ください。

 

【参考資料】  

https://www.youtube.com/watch?v=_O99sS6K7RU

文責:映画「The New Wilderness」上映実行委員会

赤阪友昭

akasaka.tomoaki@gmail.com

090-6325-8896_

赤阪友昭 / あかさかともあき 1963年大阪生まれ。写真家。雑誌『Switch』や『Coyote』などに写真・文章を寄稿。北米海岸の先住民族と過ごした時間を一冊にまとめた写真集『The Myth -神話の風景から-』がある。現在は、山に残された原初の信仰、縄文文化や祭祀儀礼を取材。また、文化庁による福島支援のプロジェクトに関わり、被災地の撮影を続けている。 http://www.akasakatomoaki.net