4﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽戚の家に挨拶をして(これまた人だかりが!<美大生、ベンガルの村で嫁入り修行!>

 

 

 

第5章 シャンティニケタンでの忘れられないエピソード

 

1. ボリウッド・ピンチ

 

インドに来たら是非やりたいと思っていたこと。それは本場の映画館でボリウットを観ること。ボリウッドとは、ムンバイ(ボンベイ)の映画産業の俗称だけど、最近ではインド映画を全部ひっくるめてボリウッドと呼んだりする。

 

インド人はみんな映画がだーい好き!もちろん村人も例外ではない。でも街まで遠いのと、お金がかかるので、なかなか映画館には行けないようだった。  

そこでチケット代は私持ちということで、ホストファミリーのコマルさんとママに頼んで、一緒にシネマに行くことにした。ついに私も念願のボリウッド・デビューだ!  

そうと決まってから、ママとコマルさんは見るからにウキウキするようになった。シャンティニケタンには2カ所の映画館がある。コマルさんはわざわざ事前に、上映作品や上映時間を街まで調べに行ってくれていた。

 

ついにその日がやってきた。ママは刺繍の付いた一張羅のサリーと、眉間には大きな赤いティカ(ビンディ)を付けて張り切っている。準備万端整ったところで、オンボロスクーターで三ケツし、いざ出発〜!女子相撲部みたいなママと、かなりガッシリしたコマルさん、それに私という、見るからに過積載の原チャはヴヴヴ‥と苦しそうな音で発進。ユラユラ運転にいや〜な予感がした。でこぼこ道を進みやっと大通りに出ると、ママが「停めて頂戴」と言う。さっそうと降りたかと思うと、なんと人通りのある大通りの道端でサッとサリーをたくし上げ、用を済ませているではないか。万国共通!おそるべし、オバチャン・パワー。

 

ふたたび3つのお尻を無理矢理座席に押し込み、再出発してまもなくの事だった。

ボスンッ!ガガガガガ−−−ッッッッ!!

突然私たち3人を乗せたバイクは道端の木めがけて倒れ込むように突進。3人そろって地面に投げ出されてしまった!

最初何が起こったのかまったく理解出来なかった。どうやらあのボスンッ!という音は前輪のパンクした音だったらしい。コマルさんの運転で、幸い寸前のところで誰も怪我はしなかったけど、もし木にダイレクトアタックしていたかと思うとゾッとする。あぁ、かわいそうなスクーター。ぺしゃんこのタイヤと、ちょっとひしゃげたボディーが「だから無理って言ったじゃん」と恨めしそうだった。コマルさんは哀れなスクーターを引きずって、タイヤを交換するためにどこかの店へ行くべく引き返していった。仕方なく、残された私とママは歩いて映画館を目指すことになる。

「このぶんだと12時の会には間に合わなそうね…」

 

日は高く、ジリジリと痛いくらいの光線がふりそそぐ。のどが乾き、なぜか無性に甘いものが食べたくなる。私たちはただもくもくと街に向かって歩き続けた。

やっと街に到着し、私たちは道端に腰を下ろして、とりとめもなく色々な話をしながらコマルさんの到着を待った。

時々私を珍しがって話に参加してくる通行人もいた。映画館で働く男性は、最近家にテレビが普及し始め、映画館もあがったりだとボヤいていた。

しばらくするとコマルさんもスクーターに乗って到着。ほっと胸を撫でおろす。

この日は2つある映画館の内、小さい方に行くことにした。こちらはベンガル語の映画を上映していたからだ。ほとんどのボリウッドはヒンドゥー語が主流。だけどベンガル語の方が少しは分かるだろうというコマルさんの私への計らいだった。12時の次は2時の会。

「ちょっと時間があるね、アヤ、どこか行きたい?」

「ミスティードカン(甘味屋さん)!」

「よし、じゃあ行こう!」

さっそく近場のミスティードカンに入店。日本の和菓子くらいの大きさのお菓子が、ガラスケースの向こう側にずらっと並べられている。ほとんどがドーナッツのような揚げ菓子。1つ分は小粒でカワイイし、色んな種類を試してみたくなるのが女子の性。欲張って4つも注文した。しかしこれは浅はかだった。なんたって日本のそれとは、しみ出る油の量、浮き出る砂糖の量が尋常じゃなく違うのだから。案の定胃もたれしたけれど、またインドに行ったら絶対ミスティードカンは外せないな次回は一度に2コぐらいにしておこっと。

一人で街を出歩くのにも大分慣れてきたつもりだったけど、こうしてホストファミリーといると安心感がまるで違う。交通量の多い恐怖の道を渡る時も、腕を組んでくれて、しっかり守られている気がする

 

そろそろ時間だ。1人30ルピーを3人分払い、さあ!いよいよシネマへGO

 

映画が始まる前にトイレを済ませておこうとトイレに行くと、うおっ‥。これはまたすごい。ライムグリーンの大きめの部屋にいくつか申し訳程度の仕切りがあり、そこにしゃがんで用をたすと、なんとなーく排水溝の方へ流れてゆくという何ともシンプルなシステム。他人からは後ろ姿がバッチリ見えるオープンな作り。そして出口近くに風呂のような桶があり、ここで手を洗って行ってネ、ということらしかった。

うーむ。でもそんなに汚くはないし、村のように男性や動物に発見される心配もないのだから、文句はないか!わははっ!

さてさて、どうなることかと思ったが、ついに上映。

夢にまで見た憧れのボリウッド。観るのは『GUNDAY』という最新作。アクションあり、コメディーあり、ロマンスあり、歌と踊りも大盛り上がりで、社会問題まで取り上げている。大満足の2時間50分はあっという間に過ぎた。 

ダンスシーンやロマンスのシーンでは、ヒューヒューやじが飛び、コメディーのシーンはみんな大爆笑。日本でやったら大ヒンシュクなこともここではOK!マドンナ役は絶世の美女で、もうメロメロ。映画ってこんなに楽しいモンだっけ!?ボリウッド最高!!そんなこんなで私、すっかりボリウッドの虜になってしまい、日本に帰ってからもよくボリウッドを観るようになったのでした。ハリウッドなんてもう古い!ビバ、ボリウッド!!みんなで踊ろうゼ〜〜!!

 

 

2. ネパールの少年グルンとの出逢い

 

忘れられない出逢いがあった。

その日、私はそろそろルピーが底をつきそうで、サンティニケタンへ国際ATMを探しに来ていた。オレンジ色の薬局の近くだと聞いていたけれど、どこだかちっとも分からない。

「はぁ…」

さんざん行ったり来たりして、疲れてタゴールの木を見上げてため息をついていると、いきなり自転車に乗った男の子に

「どこから来たの?」

と英語で話しかけられた。サンタル族ともベンガル人ともどこか違う雰囲気の、利発そうな子だった。歳のころは小学校高学年くらい。久しぶりに英語を耳にして、懐かしく感じてしまった。

「ジャパンだよ」

「え!ジャパン!じゃあジャパンのコインをちょうだいよ!」と少年は言った。

世界のコインを集めているのだろうか?それともスリの手口なの?ちょっと警戒している私をよそに、彼は好奇心いっぱいに無邪気な笑顔を向けてくる。おそるおそる10円玉を渡すとニコッと笑って「バイバーイ」と満足げに立ち去ろうとした。

「あー!ちょっと待って!私は今ルピーが無くて困っているの。VISAカードが使えるATMを知らない??」

「ああ、知ってるよ! ついておいで!」

そう言うが早いか、少年は自転車のベダルに足を乗せた。その彼のスピードが早いのなんのって、付いて行くのに必死だった。人ごみであろうと、どんどん突っ込んで行く。ちょっと気を抜くとすぐ見えなくなっちゃう。結局いくつもATMをまわったけど、どこも国際対応ではなくて、何度も試すうちに私のカードのパスワードを覗き見して覚えちゃったらしく(私の不用心この上ない大失態!)、ついには

「あっちのATMもチャレンジだ!」

とか言って私のカードを持って走り出そうとするもんだから、彼の襟をつかんで引き戻したり!冷や汗だくだく。今後旅先でこんな状態は何がなんでも作り出しちゃイカン。いよいよ貯金全部ダメか?これが本当のピンチだ!

と、追っかけっこをしている内に、うかつにも私たちは仲良くなってしまった。

「もういいよ。ATMは諦めた。砂糖を買いに行くからどこで買えるか教えてよ。」

 

時間はある、金はほぼゼロ。彼は面白い友だちが出来たと放してくれない。むしろ今の私に頼れるのはこの子しかいないのだ。私はガシュリに頼まれた買い物を手伝ってもらうことにした。もはや一緒にサイクリング状態だ。なんとなく英語とベンガル語を混ぜて話していると愉快になってくる。色々付き合ってくれたお礼に、日本の5円玉と板チョコ(これはおねだりされたから!)を買ってあげた。ついに私の所持金は底をついた。

「僕のことはさ、グルンって呼んで!」

と彼はいった。インドの子ではなく、ネパール人らしかった。今晩、夜行列車でネパールに帰って、2年後またサンティニケタンに戻って来るんだって。お母さん、弟、叔父さんと一緒に暮らしているみたい。お父さんはシアラ村の近くの村にいるらしいようなことを言うんだけど、あっち側はサンタル族のテリトリーだ。ネパール人が一人入っているなんて話は聞いたことがない。何だか不思議なグルン。

「アヤはさ、なんで来たの?」

「どうやって来たの?友だちはいるの?」

「何しに来たの?なんでバングラしゃべれるの?弟はいるの?」

等々質問攻めに合う。

 

そろそろ村に帰ろうとかと思っていたその時、ふいにザーッと雨が降りだした。そう言えば昨日村のおばあちゃんが「明日は雨だなあ‥」なんて言ってたっけ。

グルンが雨に負けないように大きな声で、

「うちにおいで! ここから近いから!」

と叫んだ。知らない人にはついて行かないこと。幼い頃からたたき込まれている言葉が一瞬頭をよぎった。相手が誰であれ、決して油断してはいけないと。けれど旅の勘が大丈夫と言っていた。私は頷いた。心臓がバクバクしている。

 

グルンの家は、ロトンパリ地区の外れにあるスラム街だった。小さなボロボロのテントのような家が重なり合うようにして、ところ狭しとひしめき合っている。ドキッとした。シャンティニケタンはインドにしてはきれいな学生街だ。そんな街の隠れた場所に、こんな所があるなんて…。後で知ったことなのだが、ここはネパール人コミュニティーのスラムだったのだ。

グルンは迷路のような路地をすいすい進み、急にキッと止まったかと思うと、一つの家の中へ入っていった。そしてすぐぴょこっと顔を出し、

「おいで!」と一言。

「おじゃましまーす…」

ぬれた髪をしぼりつつ、サンダルを脱ぎ、裸足になってそーっと家に上がった。グルンの話し声が奥から聞こえる。すぐグルンのお母さんが出て来てくれた。

「まーっ!びっしょびしょじゃなーい!」

近所のおばあちゃんも来て、グルンのお母さんと一緒に私を布でガシガシと拭く。

「うわゎっ!もごもご…」

有無を言わせないお母様方。ようやく乾き始め、タオル攻撃から解放された頃にやっと状況を把握できるようになった。

お母さんは小太りの、目のキラキラしている優しそうな人だった。彼女の後ろに幼稚園くらいの小さな男の子がピッタリくっくいていて、こちらの様子をうかがっている。グルンの弟だろう。

家に窓はなく、大きめの固いベッドが1つ(すごーく傾いている)がある部屋と、台所があるのみだ。天井は緑色のシートがテントのようにはってあり、小さなランプが1つ。壁には小さなセピア色の写真が沢山と、極彩色の神様のポスターや置物などがかけてある。土壁は大きく剥落し、あちこちヒビが入っていた。雨のせいもあり、かなり薄暗い。

 

その内に噂を聞きつけて多くの人が私を見物しに来た。きっとお向かいの女の子が言いふらしたのだろう。グルンのお母さんは英語が話せないから、私のつたないベンガル語とグルンの通訳を頼りにお話する。ちょうどお昼時だったので、ご飯とお茶とクッキーで歓迎してくれた。いきなりずぶ濡れで訪ねて来たにも関わらず、暖かくもてなしてくれて、私は何とお礼を言ったらいいか分からなかった。私はただ精一杯感謝の気持ちを込めていっぱい食べた。

カレー3種に付け合わせ2種にご飯にチャパティまで!お腹はち切れそうだけど、どんどん勧めてくるから断るわけにいかず、「おいしい、おいしい」と、ほおばる。私とグルン、弟の3人で床に座ってもりもり食べる。弟の方はまだ手で上手に食べられないのだろう、ぼろぼろ床にこぼしてしまう。グルンは終始気をつかってくれた。 

村とはまた違う母の味に思わずホロリときちゃいそう。出された生水や生野菜もちょっと迷ったけど食べてしまった。(結局なんともなかった)

雨はいっこうに降り止まず、お言葉に甘えてゆっくりしていくことにした。傾いたベッドの上で、グルンと弟と私はヒマつぶし。絵を描いたり、私のiPhoneでゲームしたり、筆記用具もいくつかあげた。コインもあげたけど、彼らがお金を見る時だけちょっと油断ならない目つきになるので、ドキッとしてしまう。大きなネズミもグルンのお家で雨やどり。何時間こうしていただろう。ザザザーッ。雨はどんどん強くなる。もういいかげん村に帰らないと日が暮れてしまう。日が暮れると、完全なる暗闇で移動は不可能だ。

「私、そろそろ村へ帰ります。本当にどうもありがとう。」

「あら、もう少しゆっくりしていってもいいのに。寂しいわ…。」

グルンのお母さんはぎゅーっと私を抱きしめてくれた。そして

「私たちはもう家族よ。またいつでもいらっしゃい。」

と言ってくれた。胸がいっぱいだった。さようなら、シャンティニケタンのお母さん。帰りがけに一度スラムの中のグルンの親戚の家に挨拶をして(これまた人だかりが出来る)さあ、帰ろうか。みんなの待つ、シアラ村へ。

 

メインロードまではグルンが自転車で送ってくれることになった。チラチラ後方を見ながらずっと気をつかってくれるグルン。

「風邪ひくよ。はい、これかぶって。」

雨を気にして自分の帽子をひょいっとかぶせてくれたグルン。

「さようならアヤ、インドで困ったことがあったらいつでも連絡して。ネパールからでもすぐに飛んで行くから!」

びしょ濡れでも必死に私をかばってくれるキミの姿に惚れたよ。もうちょっと大きかったら本当に惚れていたかもね。

 

ありがとう。忘れない。きっとどこかでまた会おうと約束して。

 

 

 

彩/AYA

 

東京生まれ、幼少期をフランスのパリで過ごす。祖父が台湾人。3歳の時に画家になる事を決意。東京都立総合芸術高等学校日本画専攻卒。現在多摩美術大学日本画専攻学部在籍。旅とアートを愛する画学生。学生作家として精力的に活動中。特技は指笛と水泳。象使いの免許保持者。時にふらりと冒険に出ることも。HP→http://chacha-portfolio.weebly.com