つながれいのち
高橋 あい
私には、人生の転機というのは、数えきれないほど在る気がしています。それは、自分の精神世界に影響を与えてくれる人との出会いによって、転がるように変わっていくのです。
自分の精神世界に影響を与えた人の訃報を耳にしたとき、遺憾の念を胸に抱き、その報せが突然であればあるほど、心の振り子は大きく揺れ、その揺れが小さくなるまではしばらくの時間を要します。
昨年は、東京自由大学に関係していた方の訃報がありました。
シュタイナー研究者・西川隆範先生
精神科医・加藤清先生
自由大学元幹事・斎藤悠様
武術家・松田隆智先生
賢治の学校・鳥山敏子先生
自由大学会員・篠本美知代様
私個人では、その全ての方に生前お目にかかっていないものの、繋がりを感じざるを得ません。東京自由大学へのご尽力に感謝申し上げ、心よりお悔やみを申し上げます。
アメリカにある曹洞宗のお寺で著書と出会い、帰国後に会いたいと思っていた鳥山敏子先生。帰国後すぐの運営委員会で、来年度「鳥山先生を呼びたい」と提案しようと思っていた矢先、鳥飼美和子さんのメールに届いた訃報でした。
鳥山敏子さんは、10月7日享年72歳、逝去されました。52歳まで公立の小学校で教鞭を執っていました。しかし、現代の子どもたちのからだときちんと向き合いたいという思いが強く、公立の職場での限界を感じた末、早期退職。そして、シュタイナー教育に基づく「賢治の学校」を立ち上げたのでした。四宮鉄男さんやグループ現代といくつかのドキュメンタリー映画も残しており、そのひとつに「賢治の教え子たち」があります。私が実際に鳥山さんを深く知るきっかけになったものです。
宮澤賢治さんの教え子たちへ会いに行き、賢治先生との思い出話を聞く、その記録の中で語られる宮澤賢治さんは、私が本や資料や記念館で出会った賢治さんとは別人物であり、とてもユニークで生きた印象でした。
そして、鳥山先生も宮沢賢治さんにはお会いしていないけれど、教え子たちを通した賢治さんから学んだことを丹念になぞり、教育の理念にされていました。
……いかに着手しいかに進んでいったらいいか……
世界に対する大なる奇願をまづ起せ
強く正しく生活せよ 苦難を避けず直進せよ
感受の後に模倣理想化冷く鋭き解析と熱あり力ある綜合と
諸作無意識中に潜入するほど美的の深と想像力は加はる
機により興会し胚胎しれば製作心象中にあり
練意了って表現し 上案成れば完成せらる
無意識部から溢れるものでなければ多く無力か詐欺である
髪を長くしコーヒーを呑み空虚に待てる顔つきを見よ
なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ
風とゆききし 雲からエネルギーをとれ
ー宮澤賢治 農民芸術概論網要ー
「’いのち’とは何か」「’生きる’とは何か」「’人間’とは何をするために生まれてきたのか」全て体当たりで、自分のからだを見つめ、子どもたちとその家族を向き合い、「いまを生きる」模索をし、多くのものを残してくれたように思います。
鳥山先生にお目にかかることが出来なかった、それは残念なことなはずです。しかし、宮澤賢治さんに生前出会うことがなかった鳥山先生が、賢治さんの教え子たちを通して対話をしたように、私は鳥山先生と対話する術が、まだある、その気付きが、いま、心を豊かにしてくれています。不思議な感覚です。(偶然、今、働いている会社の息子さんは、東京賢治の学校の0期生でした。鳥山先生の教え子は目の前にいました。)
鳥山先生について、「鳥山敏子は姉」として交流を続けておられた鎌田東二さんが、今号の文章に想いを綴っております。
農民芸術概論網要
序文
……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……
おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である
全てのいのちとつながっていきたい。「おそろしいまでにこの世界は真剣な世界なのだ」ーその世界で、利便性を第一にせず、自ずから真剣に生きるさきに、世界の幸福が在り、そして、個人の幸福は在ると信じて。
いのち全てに多くの実りがありますように。
合掌。
二〇一四.元旦
高橋 あい/たかはし あい
東京自由大学ユースメンバー。写真家。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。東京芸術大学修士課程修了。沖縄大学地域研究所特別所員。ポーラ美術振興財団の助成を受け、2012年9月から1年間、アメリカ合衆国・インディアナ大学にて写真作品制作と研究を行い、2013年10月に帰国。東京自由大学では、主に「大重潤一郎監督連続上映会」の企画を行っている。また、このウェブマガジンの発案者である。ホームページ