遺言の創造

高橋あい

 

 

 

去る三月、アメリカ合衆国ニューメキシコ州にあるチャコ・キャニオンへ出掛けた。紀元後900年から1150年にかけてのアナサジ族プエブロ文化最大の遺跡といわれているその場所は、アルバカーキから三時間くらい北上し、舗装されていない道をさらに一時間くらい入ったところにある。右も左も、大地と空のみが広がっている。すれ違う車もなく、カーナビのみを頼りに、揺れる車のハンドルを握り続けた。

ゲートを抜け、しばらくすると小さなオフィスが現れた。情報を得るために立寄る。いくつかの遺跡を巡るトレール(trail/道)があることを知る。トレールはそれぞれが1、2時間以上のコースであるため、全部を回ることはできない。オフィスのおじさんに一番のおすすめの場所へ聞く。上目遣いで私を眺め、私に似合った道を考えた仕草をしたあと、ひとつのトレールを薦めてくれた。「2時間くらいのトレールだけど、静かだ」という。

 

積み石が矢印代わりの道案内となる。積み石から目を離すと途端に道を失う。最後にみた積み石まで戻り、その次の積み石を探す。大地と空と、風になびく草。雲が空を泳ぎ、光の印象は常に変化していた。誰かが残した道を見失うと、途端に私はどこへ向かえば良いかわからなくなる。私は先達が残した文化/道の上に生きていることを確認する。

 

いくつかの住居跡と、キヴァと呼ばれる神聖な場所の遺跡がある。沖縄の城やお墓の形とよく似ている。母胎の形から来ていることがすぐにわかる。石の色は太古からおそらく変わっていないのだろう。これら全ては、古代からの遺言の形である。

(C)Ai Takahashi
(C)Ai Takahashi

 

 

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このウェブマガジンを立ち上げたきっかけは、私の中で大きく分けて3つの理由があります。

 

ひとつめは、「引き継ぎの形の模索」です。

NPO法人東京自由大学は20163月を節目として、東京自由大学の第1期を終了するという予定があります。以下、現理事・鎌田東二さんから私たちユースに宛てられた手紙を掲載します。

 

東京自由大学を心の底から「誇り」に思っていますが、それは、それぞれがそれぞれの持てる力を発揮して、東京自由大学を支え、活性化している、この「八百万性」にあります。どんな力も必要だ。それを組み込み、力とする。それができなければ、「友愛の共同体」など完成することはない。東京自由大学は、そんな、「友愛の共同体」であることをめざして発足しました。15年前に。

そして、その「願」が、このような形で、共有できるわたしたちの「現実」になっている。わたしは、5年ほど前から、「引き際」と「渡し際」を考えてきました。具体的には、20163月を節目として、東京自由大学の第1期が終了すると定めました。それが、第1期の終了ですが、そこから次のどんな目(第2期)が出てくるか「未知」でした。でも、その「未知」の中に「道」を通じさせねばなりません。

それを「ユース」に託しました。東京自由大学の理事長として望みます。東京自由大学の第2期は、完全に「ユース」に委ねるとことから始めたいと。ユースのメンバーだけでまずはゆっくりと話をしてほしい。まったく「自由」に。「自在」に。

 

「ユース」と呼ばれている我々は、どのように自由大学の先達の思いを引き継いでいくことが出来るのだろうか、そのひとつの模索として、鎌田東二さん、鳥飼美和子さんを筆頭に、自由大学の意図や経緯を含めつつ、各々の研究テーマの寄稿をお願いしました。今号から、リレー形式で出来るだけ多くの役員の方への寄稿をお願いすることにもなりました。第一回目は、初代学長であり、画家の横尾龍彦先生に寄稿して頂いています。

 

ふたつめは、「遺言」です。

私が自由大学と深く関わるきっかけとなったのは、大重潤一郎監督でした。監督は、現在「久高オデッセイ第三部」の制作の真只中にいます。監督とのコミュニケーションを通し、「久高オデッセイ」の制作意図をより具体的に記し、ここで制作ノートを残していこうと考えました。脳梗塞、C型肝炎、肝臓癌という病を抱え、今生きていることが奇跡に近い監督が発する言葉は、まだ監督が生きている最中から私には遺言であり、それを多くの人と共有したいという思いがありました。固より、大重監督は、発する言葉だけでなく、過去の作品全てが未来への「遺言」であると感じています。

 

みっつめは、「若い世代の意識の共有」です。

ニュースを見ても先が明るそうな未来を見つけることが出来ず、2011年以降はより絶望的にも見える日本の状況の中、草の根的に生きている友人の活動を紹介し合える場所でありたいという思いがあります。鎌田東二さんのいう、「友愛の共同体」の発生の願いも込め、近しい友人とそのまた友人に声をかけました。特に文筆業を仕事としていない人にも声をかけています。書きたい人が思うように書ける場所でありたい、という思いから、各号のテーマは設けず、強制もせず、自由な形での寄稿をお願いしています。

 

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私たちの生活はどのような遺跡で現れているのだろうか?チャコ・キャニオンの中を歩きながら、そんな疑問が浮かんだ。短い年月のサイクルでスクラップ・アンド・ビルド(scrap and build)を繰り返している都市の中で永劫として残ることは少ないのかもしれない。何かしら、私たちの営みは残っていくのだろう。それとも、「残らない」という残り方をするのだろうか。

 

自由大学という先達が居てくれること、そしてそこに何かしらの縁で集う仲間がいること、ここは寺院でもモナストリー(修道院)でもないが、ひとつのサンガの形がある。先達の智慧を借りつつ、これから生きる方法の模索の場所であるのだと、ひとつひとつの講座の意味を読みながら思う。

 

先達と同胞への感謝の気持ちと、未来への祈りを込めて。

 

 

 

高橋 あい/たかはし あい

東京自由大学ユースメンバー。写真家。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。東京芸術大学修士課程修了。沖縄大学地域研究所特別所員。ポーラ美術振興財団の助成を受け、2012年9月から1年間、アメリカ合衆国・インディアナ大学にて写真作品制作と研究を執行中。東京自由大学では、主に「大重潤一郎監督連続上映会」の企画を行っている。また、このウェブマガジンの発案者である。ホームページ